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高田屋嘉兵衛屋敷跡公園へ行く!

淡路島ローカルバスの旅 第一回」で高田屋嘉兵衛屋敷跡公園へ行きました。

行ったと言っても高田屋嘉兵衛屋敷跡公園は淡路交通「五色バスセンター」の目の前です。
隣には洲本市五色庁舎もあります。
淡路島が生んだ偉人、高田屋嘉兵衛は五色町都志の出身で、屋敷跡が高田屋嘉兵衛屋敷跡公園として整備されています。
ここ五色町都志は、高田屋嘉兵衛の屋敷跡を中心としてできたような町のようにも感じられます。

高田屋嘉兵衛屋敷跡公園」には「高田屋嘉兵衛翁記念館」があります。
ウェルネスパーク五色・高田屋嘉兵衛公園」には「高田屋顕彰館・歴史文化資料館」があります。
同じような建物が二つもあるのは少しややこしいなどの意見などもあり、「高田屋嘉兵衛翁記念館」は現在、閉館となっています。

高田屋嘉兵衛屋敷跡公園

高田屋嘉兵衛屋敷跡公園

史跡 高田屋嘉兵衛邸跡

史跡 高田屋嘉兵衛邸跡

高田屋嘉兵衛翁記念碑

高田屋嘉兵衛翁記念碑

高田屋嘉兵衛翁 石像

高田屋嘉兵衛翁 石像

高田屋嘉兵衛翁記念館

閉館された高田屋嘉兵衛翁記念館

高田屋嘉兵衛翁記念館

高田屋嘉兵衛翁記念館

五色バスセンターの前

五色バスセンターの前に高田屋嘉兵衛屋敷跡公園があります。
写真は高田屋嘉兵衛屋敷跡公園から撮ったものです。
手前に五色バスセンター、奥には洲本市五色庁舎が写っています。

高田屋嘉兵衛屋敷跡については公園内の案内に次の様に書かれています。

高田屋嘉兵衛邸宅跡
-生誕の地と顕彰碑-

嘉兵衛翁が産声を上げたころの家は小さく、後に文化年間(1804~1816)に大規模なものに改められました。
母屋だけで9間半に5間、それ以外に7棟あり、周りに高い塀をめぐらした屋敷の総面積は1892平方メートルに及びました。復元模型は隣の記念館内にあります。
屋敷は明治のはじめに、ほとんどが売却され、残っていた厩も阪神淡路大震災により撤去した。
大記念碑は翁の功績が後に認められたことで、大正4(1915)年11月、都志の勇姿が中心となり、全国中等学校からの寄付金等、各方面の協力を得て、邸宅跡に大記念碑を建立されました。
(高さ6.3メートル、幅3.0メートル、厚さ0.45~0.75メートル)
(語り草)
毎年末になると、千両箱、樽詰め金銀、北海の産物などが千石船で回送されてきて陸揚げ山積みされたそうですが、翁は大変質素な生活だったといわれています。また、記念碑のこの大きな石は四国讃岐の庵治石で、船の底に吊り下げて運ばれたといいます。

高田屋嘉兵衛屋敷跡について

高田屋嘉兵衛屋敷跡について

「高田屋嘉兵衛翁記念館」は閉鎖されたため、復元模型は「ウェルネスパーク五色・高田屋嘉兵衛公園」の「高田屋顕彰館・歴史文化資料館」に展示されています。

高田屋嘉兵衛邸宅の復元模型

高田屋嘉兵衛邸宅の復元模型

また、高田屋嘉兵衛屋敷跡公園には「ラッパイチョウ」の木が3本あるそうです。
公園内の案内には次の様に書かれています。

しあわせのラッパイチョウ

この奥にある高田屋嘉兵衛屋敷跡公園内には、全国的にも非常に珍しい「ラッパイチョウ」の葉がつくイチョウの木が3本あります。このイチョウは全国でも30本ほどしか確認されておらず、そのうち3本がここ高田屋嘉兵衛屋敷跡にあります。
このイチョウの葉全てがラッパイチョウになるのではないため(全体の2%程度)見つけると幸せになるということですよ、ぜひ見つけてくださいね。
(木についているイチョウの葉は持ち帰らないでくださいね)

ラッパイチョウについて

ラッパイチョウについて

高田屋嘉兵衛屋敷跡公園
〒656-1301
洲本市五色町都志
(淡路交通「五色バスセンター」の前)


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