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スレッド [84]

0 : エリスリナ・ガル (2024-06-27 21:40)
題名: 賀集九平と宮地勝夫(亜国日報編集者)
淡路島出身の宮地勝夫(亜国日報編集員)アルゼンチンからの古い記事を見つけました。昭和26年4月8日と4月13日、10月2日(3日・夕)のアルゼンチン公園と種子400種を広島市に手渡した。とありました❗北海道生まれのアルゼンチン移住者で園芸技術者である賀集九平は何か、繋が有るような気がします。何故か、と言いますと、広島市の記録には平和大通りに植えられたアメリカデイゴとアメリカサイカチはペロン大統領夫人、エヴァ・ペロン(エビータ)から贈られたとされていますから❗アルゼンチン国花とされているセルボ(エリスリナ)の種を大統領官邸の木から宮地勝夫を通じて中国新聞社に託した様です。その、アメリカサイカチの大木が日曜日に倒れたと、報道されておりましたから。
1 : エリスリナ・ガル (2024-06-28 05:20)
題名: 賀集九平と宮地勝夫(亜国日報編集者)訂正
昨日投稿した、賀集九平と宮地勝夫(亜国日報編集者・社長とも)の記事中、種400となっていますが、40種と訂正します。なお、淡路島の有名人の記事を読んでいると、賀集九平の子息がベロン大統領のブレーンと云うか、スタッフとして登場しているようですから、アルゼンチンの日系移民の活躍がうかがえるかと、思っています。
2 : 管理人 (2024-06-29 01:54)
題名: エヴァ・ペロン(エビータ)
エリスリナ・ガルさん


いろいろと貴重な情報、ありがとうございます。

ペロン大統領夫人のエヴァ・ペロン(エビータ)については良く知らないのですが、以前wikipediaで少し見たことがあります。
世界的に超有名な方ですよね?

wikipediaを見ると、ブエノスアイレスで日系人カフェで女給をしていたと書かれてるなど、いろいろと親日的な方のようにも見えます。

そのエヴァ・ペロンがセルボ(エリスリナ)の種を淡路島出身の宮地勝夫(亜国日報編集員)を通じて中国新聞社に渡し、現在は広島の平和大通りに植えられているんですか?

そして、賀集九平氏の子息もベロン大統領のブレーンか、スタッフをしていたらしい。

こうなると、確かに賀集九平と淡路島が繋がってきます。
なんか、まったく予想もしない超有名人の名前がでてくるなど、昔のことを思うとワクワクします。


私も、少し調べてみたいと思います。
(^^)

wikipeida エバ・ペロン

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%90%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%AD%E3%83%B3

wikipedia エビータ (映画)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%BF_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

ディスカバー・ニッケイ 賀集九平
https://discovernikkei.org/ja/journal/2020/11/25/escobar/

ディスカバー・ニッケイには、賀集九平氏の子息の賀集アンヘル清氏についても以下のように書かれています。
見落としていました。(淡路島情報館.管理人)

賀集アンヘル清氏は、戦後のペロン政権のもと、大統領府法制局部長、統計局長、国会議員(1955年の軍事クーデターゆえに就任期間は5ヶ月間)、ブエノス州商工会議所監事、国内外企業のコンサルタント等を歴任したが、1985年8月2日、59歳の若さで死去している。
5 : エリスリナ・ガル (2024-06-30 09:00)
題名: 賀集九平と安東定夫アルゼンチン拓殖協同組合
賀集九平と安東定夫の二人をアルゼンチン拓殖協同組合で検索したら、手掛かりが見つかるかも❗両人とも叙勲を受けているようですし、安東定夫は安東定夫伝、賀集九平は、日本の出版社からも園芸書を出版しているので経歴とかは、確認出来ますよ。安東定夫伝は以前岡山県立図書館から貸し出しを受けて読んだ事が有ります。賀集九平は生前にアルゼンチン移住者のコトを『同胞····』という本に纏めているようなので、探して見て下さい。未見なので正確な書名は不明デスが😰
6 : エリスリナ・ガル (2024-07-01 02:40)
題名: 賀集九平が編集?『亜国之農業』10周年記念誌
賀集九平については、国会図書館に『亜国之農業』と言う同会発行の10周年記念誌が帝国図書館に納品されていたものが公開されていました。大正末期の頃の刊行ですが、副会長を務めていたことや記事が二篇、編集あとがきにも名前が、ありました。
7 : エリスリナ・ガル (2024-07-01 05:48)
題名: 改めて、賀集九平の経歴をディスカバー・ニッケイから見る
ディスカバー・ニッケイのアルベルト松本さんの記事の賀集九平の注には北海道に生まれ、秋田の学校を出て、国立園芸学校(興津でしょうか?)で、2年研修の後に兵庫県の農業試験場に勤めたとありますが、現在の農業総合技術センターが南あわじ市にあるようですから、前身の県立試験場が淡路島にもあったとしたら、名誉市民に推挙されたのは理解出来ますね。もちろん、淡路島で園芸技術者として就職・勤務したのも、淡路島に何らかの繋がりや縁の縁者とか、ルーツがあった様に思えます。農業技師だけに`ルーツ`根っ子がアルゼンチンで花開いた❗と言うことでしょうか?
8 : 管理人 (2024-07-01 16:59)
題名: 花
賀集九平氏は、南あわじで園芸技術者として活躍したと言う事でしょうか?

専門は花?

桜関係の書籍か、なにかも出していましたよね。

調べて見るとおもしろそう。
(^_^)
9 : エリスリナ・ガル (2024-07-01 17:47)
題名: 賀集九平はボトマックの桜にも関与しているかも?
確か、『世界の桜』についての著作があるハズですが?
少し、以前から気になっている事に、明治末期に尾崎行雄東京市長が桜の苗木を贈ったのですが、この時は苗木に病気や害虫がいたので全て焼却されたと聞いています。その後阪谷芳郎の時代に再度、苗木を贈ったとされています。静岡の興津にあった試験場で接ぎ木をして栽培・育成したようなのですが?
時代的には、園芸技手として2年間関わったのではないかと、何処かにハッキリとした記録が、ないかと探しています❗
そうで、有れば『世界の桜』について地球の裏側のアルゼンチンから情報発信する事が出来たのダロウと、想像しています😊
ならば、亜国日報の編集人・社長の宮地勝夫を通じて、敗戦ご原爆で被災し焼け野原になったヒロシマにいち早く、復興資金や花木タネを贈る計画をして、実行するに当たり、ペロン大統領やその夫人に協力を依頼したと、言うことではなかったのでしょうか?賀集九平の子息の二人が政府の役人になったと言っている事、九平が淡路島に関係、縁があったからこそ、宮地勝夫との繋がりが見えてきます。この掲示板が、その点に気付かせてくれた様に思います❗
10 : 管理人 (2024-07-03 00:27)
題名: 掲示板は書き込みが多いのが良い!
エリスリナ・ガルさん

いろいろ新情報、ありがとうございます。

いろんな見方を寄せ集めてくることで、新たなことがわかってくる。

なんか楽しい!

これからも、どんどんカキコしてくれると嬉しいです。

やはり、掲示板に何も書かれないのは寂しいですから。

(^_^)
11 : エリスリナ・ガル (2024-07-03 00:45)
題名: 南あわじ市にもアメリカデイゴが咲いている?
賀集九平の『世界の日本ザクラ』の紹介記事はホワイトキャットさんのスレッドにて紹介されておりましたね❗略歴は昭和16年4月の亜爾然丁時報に掲載されていたものと、同じでした。当時の兵庫県の農事試験場は淡路島ではなくて明石とチャンと付記されていたのに、コチラも見落としておりました。なお、南あわじ市の名誉市民とお聞きしましたのと、現在の兵庫県農業水産総合技術センターですかね、同じ南あわじ市に有るようでしたので、電話で問い合わせをしたところ、窓口で対応してくださった方は、賀集九平の事もご存知で、また、南あわじ市の名誉市民のでいること、昭和37年の事も即座に答えて下さいました❗因みにアメリカデイゴも現在のセンターの敷地内で栽培されていると言うことでした、ょ。なお、試験場は畜産関係など幾つかの試験樹と移転や合併を繰り返しているので、当時の事は直ぐに分かりませんと、丁寧な対応をしてくださいました。
12 : エリスリナ・ガル (2024-07-03 01:06)
題名: アルゼンチンの国花を見に行きませんか!
少し古いのですが、平和大通りのアメリカデイゴや倒れて、切断・撤去される前のアメリカサイカチの写真がありましたので、皆さんに見ていただければと、思っていますが、画像を添付できません😰また、アメリカサイカチが倒壊した新聞記事やニュースも、もしここに添付できれば、賀集九平の業績とかも、淡路島との繋がり良く理解出来るかと、管理者の方でセンターに咲くアメリカデイゴの写真と取材をされて、見学会とか実現出来ませんか❗花博のある意味のルーツ
と、言えるのではないでしょうか?
在アルゼンチン日本人会がアルゼンチンのパレルモ公園に日本庭園を造ったとかも!❗
13 : 管理人 (2024-07-03 03:24)
題名: コピー & ペースト(貼り付け)
いろいろと骨を折ってくださり、ありがとうございます。
(^^)

見学会、楽しそうではありますが、実は「淡路島情報館」管理人は神戸在住なのです。


淡路島の方で企画されましたら、当掲示板で、どしどし宣伝していただいてもかまいません。

ただ、けっこうマニアックなことでもあるし、どうなんでしょうか?

あと、この掲示板は「KENT WEB」と言う超有名サイトが無料提供する掲示板「Web Patio」を利用しています。
当サイト用に改造はしていますが、完ぺきに改造はできず使いにくい点が多々あると思います。
写真の添付もできることはできるのですが、ちょっとやりにくいです。

引用元のホームページの記事のアドレスを掲示板に書き込み時に入力していただくと、この掲示板の記事から引用元の記事を見に行くことができます。
パソコンで書き込みをしている場合は次の手順でやってみてください。

①アドレスバーのアドレスをコピー。
(アドレスバーにマウスを持っていき、右クリックし、コピーを選択)
②書き込み中の記事内で右クリックをし、貼り付けを選択する。

スマートホンで撮ってきた写真の添付の場合は、やはりブログを作っていただき記事を書く。あるいは、twitter(現在のX)で写真を添付しツイートする。
そして、ブログの記事のアドレス、又はツイートしたアドレスをコピーし、この掲示板で書き込み中の投稿内に貼り付ける。
等々が考えられると思います。

ただ、twitter(現在のX)を利用する場合は、特に個人情報をさらさないことを注意した方がいいかもしれません。


KENT WEB
https://www.kent-web.com/

KENT WEBの掲示板一覧
https://www.kent-web.com/bbs/

淡路島情報館 twitterでの石屋神社での秋祭りのツイート
https://x.com/awajijyoho/status/1704022095246844279
14 : 管理人 (2024-07-03 03:56)
題名: ネット社会
追伸

でも、Twitterの利用は、インターネットになれていないなら、オススメは出来ないかな。

ネット社会に、悪い奴、嘘つきが多いと実感しています。


もし、当掲示板での書き込みで修整したい内容がある場合は修整できます。
もちろん、書き込みの削除もできます。

修整、削除の方法がわからない場合は、こちらで修整、又は削除させていただきます。
15 : エリスリナ・ガル (2024-07-03 07:16)
題名: 賀集九平のルーツを辿るには❗
管理人様
コチラはまだ、まだスマホに慣れていませんから、少し時間を頂いてその間に、お願いと云うか、賀集九平と南あわじ市(三原町)の関係を辿るとしたら、図書館で著作を探すのも、✊ですが、神戸にお住まいとの事、神戸の観光施設のひとつに移民ミュージアムと言う施設があるそうですので、もしかしたら、の話しですが、九平の幾つかの著作やアルゼンチン移民の歴史も発見出来るのでは、と思います。確実なエビデンスを求めるなら、コチラは一番の近道ではないかと思われます❗また、展示コーナーにはなくても、学芸員とかに聞いたり調査依頼をされたら、手掛かりも見つかるのでは?
16 : エリスリナ・ガル (2024-07-03 23:04)
題名: 賀集九平の出身の厚いブェールがやっと剥がれる
『海外渡航記録の調べ方』と言うのがありました!国会図書館の閲覧室でしょうか?同じ、国会図書館のデジタルサビースの『亜国之園芸』十周年記念誌から、賀集九平と田中数好の渡航年度や年齢が判明しますから、出身はコレで判明するのかな?
田中も賀集の『明興園』から独立して『東京園』を経営していた様ですね。
17 : 管理人 (2024-07-04 14:15)
題名: 恐るべし、国立国会図書館デジタルコレクション
国会図書館のデジタルサビースは資料がたくさんあり、求めたいものがでてくるかもしれませんね!

ただ、普段、Google検索になれているものからすると、じゃまくさいかも?
(^^;)

出身は判明したとしても、そこから淡路島とつながりがでてくるまで国会図書館のデジタルサビースを調べるのはたいへんな作業じゃないでしょうか?

どうも、頭で考えて行動に移さないのが、私の悪いところでもありますがー
(^^)

国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/

追記)
「賀集」で検索してみました。
賀集九平
賀集憲一
賀集久太郎
賀集唱
賀集寛
賀集富治
賀集三平
賀集珉平

「賀集」だけで500ページが検索され、1ページ目だけで、これだけの「賀集」さんがでてきました。
恐るべし、国立国会図書館デジタルコレクション!
18 : エリスリナ・ガル (2024-07-04 15:03)
題名: 賀集九平の亜爾然丁での第一歩は園芸雜誌の発行でしょうか?
管理人様、実はアルゼンチンと日本の交流史が戦前と戦後の二冊が刊行されてかなり年月が、経ちましたから大学の学術論文などにも、南米の移民研究が米国やハワイなどに続いて発表されています。しかし、ガリ版刷りでは有りますが、大正時代のアルゼンチンで発行された『亜国之園芸』10周年誌が(編集者の賀集九平から)帝国図書館に納品されて、ソレがスマホで閲覧出来るのですから(+_+)
これで、賀集九平と田中数好の関係は、ハッキリしました❗名誉市民の昭和37年頃の関係は、不明ですが?
19 : 管理人 (2024-08-04 03:40)
題名: デジタル
国立国会図書館デジタルコレクションで少し検索してみましたら、
神戸にあった海文堂書店は、賀集海文堂書店と言っていたようですね。


国立国会図書館の本のコレクションは膨大です。
ただ、デジタルと言っても、本の中身は写真で記録されているだけなのが難点。
検索は、著者名、本名、目次、出版社名でしか検索できない?

Google検索だと、本の中身は検索できます。
ただ、そもそも本の中身がホームページに記録されていないと、本の中身は検索できない。本の中身をテキスト化しホームページにあることなどは皆無。かってにテキスト化しホームページにすれば著作権違反になるんですから当然です。

Google検索で「賀集」で検索しても、賀集利樹のニュース記事、ブログ記事ばかり。


そういった事から、昔のことを調べるなら国立国会図書館ですね!
でも、手間がかかりすぎてーーー
(^^;)

淡路島情報館の記事 海文堂書店
https://awaji.kobe-ssc.com/kanrinin/?p=139

国立国会図書館の検索 海文堂書店
https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?pageNum=0&pageSize=20&sortKey=SCORE&fullText=true&includeVolumeNum=true&keyword=%E8%B3%80%E9%9B%86%E6%B5%B7%E6%96%87%E5%A0%82&displayMode=list&accessRestrictions=internet&accessRestrictions=ooc&accessRestrictions=inlibrary

20 : エリスリナ・ガル (2024-07-07 18:35)
題名: 賀集九平の略歴からは、淡路島との縁は不明。
今日、久しぶりに図書館で日系移民資料集《南米編3》第28巻『亜国の花卉園芸』と言う昭和16年11月15日発行のニッパル花卉産業組合・日本人花卉園芸園藝組合連合会(1999年6月25日)の日本図書センターの復刻版を書庫から出してもらったら、最後に追録、高市茂賀集九平小伝が載っていました。
やはり、出身地は北海道で生年月日もあり、大正6年3月 農林省興津園藝試験場に於いて、満二ケ年園藝學科専攻、同年6月には、兵庫県立農事試験場技手を拝命、翌年の大正七年六月に、亜国園藝視察のため旅券下附、同年十二月度亜、とありますね。兵庫県には1年しか縁がないのに、名誉市民のとは?ですね。
淡路島、南あわじ市との明確な繋がりはココでは、見つけられませんでした!
21 : 管理人 (2024-07-07 23:14)
題名: 自明?
淡路島に多いが全国的には珍しい「賀集」と言う名前。

淡路島からの移住者が多い北海道出身であること。

そして、南あわじ市から「南あわじ市名誉市民」に任命されていることを考えれば、淡路島と何らかのつながりがあるのは自明?でしょう。

しかしながら、エビデンスは何もないので「淡路島情報館 淡路島ゆかりの有名人」には載せられないのは残念です。

(;_;)



南あわじ市 南あわじ市名誉市民
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/site/meiyoshimin/meiyoshiminichiran.html

wikipedia 自明
自明(じめい)とは、証明や説明、解説をしなくても、それ自体で既にはっきりしていること。明らかであることの意。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%98%8E

wikipedia エビデンス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%93%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B9

淡路島情報館 淡路島ゆかりの有名人
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php

追記)
南あわじ市から「南あわじ市名誉市民」に任命されているというエビデンスはあります。
ただ、その内容がわからないままでは、「淡路島情報館 淡路島ゆかりの有名人」のページに載せずらい。
22 : エリスリナ・ガル (2024-07-08 02:28)
題名: 賀集九平が戦後の十五年間に淡路島にしたことは?
はい、自明と云えばその通りですが、『亜国之園藝』十周年
年後の昭和十六年に出版された『亞國の花卉園藝』では移住した亜爾然丁での家業としての園藝活動記録でしか有りません!南あわじ市から表彰されたのは戦後の昭和37年とのことですから、その後のまた、20年間が存在します。まあ、ソコが問題と云えば、問題なのでしょうが、ひとつ九平が日系移民代表として来日し、海外発展厚労省として、また、拓殖功労者として、外務大臣と拓殖大臣からさらに日本産業協會總裁の伏見宮博恭王殿下より、産業功労者として表彰状を賜ったと、略歴には有りました。つまり、戦争を挟んた敵国となった亜爾然丁と敗戦後の復興時代に淡路島と深い関係、が生じたのでしょうか?単に淡路島で生まれとかでは無くて!
23 : エリスリナ・ガル (2024-07-08 10:52)
題名: エービタのエビデンスが、アメリカデイゴの花では
確かに、今のところ、エビデンスは獲られていませんが、ヒントは七夕の夜に貰えた様に思います。天の川と太平洋を比べるのは不謹慎では、ありますが、賀集九平達が昭和28年に立ち上げたアルゼンチン拓殖共同組合のホームページに依りますと1961年から1963年の間に何と、毎年60人の単独青年などの受け入れ枠を獲得した、アルゼンチンの花卉園芸農家で働く、雇用を確保する権利と云うか協定をアルゼンチン政府と結んだ様ですから。それは、移民の統計にも表れておりまして、ニホン最大の移民県とされている広島県や沖縄県、鹿児島県に熊本県にはアルゼンチン国花のアメリカデイゴが有名となっています。また、これらの移民県に比べて格段に移住者、人数にして100人前後なのですが、此の頃に急激に増加しています。また、移住者の増加に併せて在アルゼンチン移民の兵庫県人会が創立されてもいました。その、全てが淡路島からの移民とは断定出来ませんが、恐らく、この辺りが当時の村を上げての次男や三男の就労・移民に九平が関わったと考えるのが、結論に近いのだろうと、思われます❗当時の村長や議員を務めた田中萬米の経歴を見ての感じで、しか有りませんが、兎に角天の川に橋をかけたのは賀集九平その人ダト断言しても、良いかと!淡路島の兵庫県農林水産総合技術センターの敷地内の庭に 咲き誇っているのは、エービタの伝説と正に同じルーツ、根から生じた言い伝えをこの、伝言板を閲覧したひとからヒトへ伝えて、真実を見出してくださいました。エビデンスを発見するためにも。
24 : エリスリナ・ガル (2024-07-09 19:44)
題名: エビータと日本人カフェの秘話?とは、
樫村慶一、立教大学リポジトリ、2023年にエビータとペロン大統領のロマンスが描かれておりました。昭和27年(1952年)7月26日に亡くなっていますから、間もなく命日も近いことですから、伝説では、なくて真実を知りたいと思います! 明らかに、28年に贈られて来た、というのは疑問符が取れません。
25 : エリスリナ・ガル (2024-07-12 07:58)
題名: ボトマックのサクラを調査した結果を出版?
何と、驚きの展開デス!九平の奥さまは2年間研修を受けた農林省興津園芸試験場の恩田博士の姪、静子さんだと、だから、ワシントンのサクラも世界中のサクラを訪ね歩いて、調査結果を『世界の日本ザクラ』を出版したのですね。
26 : エリスリナ・ガル (2024-07-16 15:22)
題名: エビータの秘話が、エビデンスがイヨイヨ証される!3967
管理者様、実はもう一つ、重大な海老をエビデンスを見逃しておりました!7月九日の『エビータと日本人経営のカフェの秘話』をご覧に、なりました〜か?ここに、ヒントと云うか、答えが、回答が有りました!
樫村慶一と言うKDDが、創設された時に入社した方だそうですが、アルゼンチンに駐在していた時に出逢った人物が、何と、何と、チョット一息、田中さんという方で、「亜国日報」の田中千信(ノブカズ)記者だと、言うのです。ほら、賀集九平と共同経営をしていたとエスコバールの明興園の、田中数好を思い出して下さい。千信は戦前、アルゼンチンに花卉園芸の研修に出かけて、開戦で帰国出来なくなり、腰を落ち着けたようですから、数好を頼って留学したと考えても良いかなと、そして、邦字紙の記者となったのですから、三原郡の賀集と繋がらないハズは有りません。萬米とは親類縁者でなくても、アルゼンチンでの九平の功績を両親の故郷の村に宣伝するのが使命でしょうから。移住者にして見れば故国のチョットした話しでも、関心は深いのは当然でしょうから。
以上、詳細は改めて、投稿しますが、取り敢えず皆さんに樫村さんの立教大学のレポートを閲覧出来る様にされたら、秘話が秘話でなくなりますが、オープんシィーーレットと、として披露されたら如何でしょう?
27 : エリスリナ・ガル (2024-07-17 20:04)
題名: エビータの伝説は、真実に!現実になりました~
先程、『エビータの日本人経営者カフェの秘話』をレポートされた樫村慶一様から丁寧な返事をいただきました。賀集九平には会ったことはないとのことでしたが、何と亜国日報の宮地勝夫社長は三原郡の八木に、1906年生まれと伺いました。関係者のお話ですから、現実としてこれまでの疑問もエビータの真実は、ココに氷解しました、という結末を迎えるコトが出来ました。
取り敢えず、一件落着として置きます。管理者のお手数をお掛けしまして、感謝に耐えません。ありがとう御座いました。
28 : 管理人 (2024-07-18 04:39)
題名: アメリカデイゴ
アメリカサイカチ
広島市・平和大通りの木が倒れる 大雨で地盤緩んだことが原因か
https://news.ntv.co.jp/n/htv/category/society/ht0343064b28c34770853f6a026cdb3400


兵庫県立農林水産技術総合センター
〒679-0198 兵庫県加西市別府町南ノ岡甲1533
https://hyogo-nourinsuisangc.jp/

兵庫県立農林水産技術総合センター 淡路農業技術センター
〒656-0442 兵庫県南あわじ市八木養宜中560-1


兵庫県立農林水産技術総合センター 淡路農業技術センターのアメリカデイゴの写真はネットにみつかりませんでした。


アメリカデイゴは淡路市佐野にも植えられているようです。
https://tonysharks.com/Tree_of_life/Eukaryote/Plantae/Land_plants/Americadeigo/Americadeigo.html

淡路ワールドパークONOKOROにも植えられているようです。
https://www.onokoro.jp/news/archives/651

wikipedia アメリカデイゴ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%87%E3%82%A4%E3%82%B4
29 : 管理人 (2024-07-21 11:51)
題名: 微妙かな
賀集九平は、wikipediaに載せるだけの特筆性があると思うし、社会貢献も大きい。

ただ、淡路島との繋がりは、
親が南淡路出身で、一年ほど淡路島で働いていただけ?
なのに、南あわじ名誉市民になっているのは何故?

ここが良く分からなかったのですが、
掲示板を読み返してみると、渡辺さんが書かれていますね。
以下は転記

賀集九平達が昭和28年に立ち上げたアルゼンチン拓殖共同組合のホームページに依りますと1961年から1963年の間に何と、毎年60人の単独青年などの受け入れ枠を獲得した、アルゼンチンの花卉園芸農家で働く、雇用を確保する権利と云うか協定をアルゼンチン政府と結んだ様ですから。



南あわじ名誉市民になったのも1962年ですね。
あ、でも南あわじ名誉市民の理由が、
「花卉での貢献」
でしたね。
ちょっと微妙かな?

30 : エリスリナ・ガル (2024-07-21 13:57)
題名: ビミョウでは、有りますが可能性は?
ビミョウと、云えば微妙かも知れませんが、戦後の食料難の時代外地から引き揚げて来る家族に開拓団地を斡旋したり、海外移住者の続きを担当していた拓殖課が各県にもあったのでは、ないかと思います。移住希望者を募ったり、各市町村からの取り纏めも村役場で行っていたなら、南あわじ市、当時の淡南町でも、送り出した家族や人数は把握しているなら、実際にアルゼンチン拓殖共同組合を通じて渡航者いたなら、昭和37年までの10年間の数字は記録に残っているのでは。
花卉栽培に従事するというだけでなく、淡路島側との花卉園芸技術の交流なり、渡航者に当時から農事試験場があったか判りませんが、事前に研修とかを兵庫県内の試験場で行ったり、と。現在の八木地区に淡路支所を誘致してたりも考えてみる必要が、アルカモ知れませんょ。
31 : あ (2024-07-21 23:16)
題名: 出身
三原郡史 P719
https://dl.ndl.go.jp/pid/9574263/1/389

「賀集九平は南淡町賀集の出身で、一家が北海道に転住していた関係で・・・」とありますね。ただし、賀集九平の著書『世界の日本ザクラ』では、著者略歴に「明治29年12月 北海道に生まれる」とあります。

真実がどちらにせよ、昭和54年発行の『三原郡史』に記載されている以上、当時の南淡町役場には「賀集九平は南淡町賀集出身」と認識されていたのでしょうね。それゆえ、名誉市民に認定されたのでしょう。

真実を知るには、戸籍を見るほかありません。
32 : 管理人 (2024-08-07 00:28)
題名: No.32以降のコメントを削除させていただきました。m(__)m
たいへん、申し訳ないです。

No.32以降のコメントを削除させていただきました。
(^^;)

あと、エリスリナ・ガルさん、お名前を「イニシャル」とか「愛称」とかでコメントをお願いしたいです。
お名前を「アメリカデイゴ」とかでも良いです。
既にコメント済みのは、
よろしければ、新しいお名前に変更させていただきます。

そのうえで、今回削除した部分で、どうしても再度コメントしたい場合は、新しい名前でお願いできないでしょうか?

申し訳ないです。


(^^;)
33 : エリスリナ・ガル (2024-08-07 01:03)
題名: もう少し、賀集九平の功績を辿りたい、と
まあ、思い違いも考えかたも、ひとそれぞれですから、仕方ないと思います。名前はまあ、チャンと明記した方が良いかと、考えてのことでしたが、差し障りがあるようなら、エリスリナ・ガル(アメリカデイゴの学名から)とでも、しておきますか。掲示板の少ないスベースでの、意見や見解の相違は、ママありますし、誤解も生じますから、管理者にはご迷惑をお掛けしました。
三原郡史と引用元の海外発展史の引用部分だけでは、不明なところもありますし、南淡町の広報誌の記事も出て来ましたから、確かにワザワザ町長が度亜したのも事実でしょうから、コレ以上の事は言及しても仕方ないと思います。ただ、出身地と出生地は区別して扱うことが必要だと、感じています。
九平の渡航の理由とか、まだまだ、関心を持って見守る必要も感じて、原爆の記念日を迎えました。
34 : 管理人 (2024-08-07 01:37)
題名: よろしくお願いします
エリスリナ・ガルさん

どんどんコメントくださると嬉しいです。

ただ、話が深く深くなるほど

こじれるのではと心配しています。

イニシャルだと、お互いコメントしやすいのではと考えました。

また、イニシャルだと、大概のコメントは削除しなくても済むかなとー

申しわけないです。


(^^;)
35 : エリスリナ・ガル (2024-08-11 20:02)
題名: 九平は黃綬褒賞を受賞していた、と
8月6日が過ぎて一段落していました、先日南あわじ市立図書館から問い合わせの回答メールが、届いていました。
三原郡史や兵庫県海外発展史については、話題になった通りのようでしたが、広報紙『なんだん』の縮刷阪と『南淡町史』がぎょうせいから発行されているとも、ありました。
なお、新しい情報として、朝日新聞洲本支局の福谷弘さん?かな、『淡路365日』の中で、『南淡町賀集氏、名誉市民のに推す、12月4日』とある様です。
コラムを纏めて発行した書籍でしょうか、引き継いて黃綬褒賞ですかね、兵庫県知事の表彰があったと、どの様な経緯か判りませんが、この受賞が切っ掛けと、なった様な気がします。新聞記事を見れば賀集九平の次に、兵庫県とあるか北海道と、出身地が載っているのか、少しだけ関心のある情報でした。
以上。なお、九平のアルゼンティンに着いてからの足取りは、兵庫県立農事試験場の沿革の続きに、と思っています。
36 : 管理人 (2024-08-12 02:19)
題名: 「淡路365日」は、国立国会図書館関西館に行かないと見れないみたい!
「淡路365日」は国会図書館でデジタル化されているようですが、残念ながら「国立国会内限定」となっています。

直接、国会図書館に行かないと見れないようです。

関西だと、国立国会図書館関西館に行かないと見れないみたいですね。


wikipedia 国立国会図書館 関西館
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E9%96%A2%E8%A5%BF%E9%A4%A8
37 : エリスリナ・ガル (2024-08-12 04:24)
題名: オウ綬褒賞の受賞理由と経緯は?
管理者樣、福谷弘の『淡路365日』は成錦堂?かな
神戸市内の図書館や古本屋とかにないですかね?
新聞の掲載日さえ、判明すれば良いので、図書館でマイクロフィルムか縮刷阪、をみれないですかね。想像でしかありませんが、12月4日は南あわじ市の受賞の決定した日なら、市が事前公表したのなら、当日の朝刊か、前日には掲載されているのだろうけれど。春の叙勲は5月3日、秋は11月3日の文化の日だから、黄(オウ)綬褒賞の決定後に、慌てて市長がアルゼンティンに出向いて、面談して、翌月の12月に、…と、言う運びはどんなものでしょうか?
黄(オウ、変換出来ていません?)綬褒は昭和30年に制定されている様ですから、流れとしては、昭和37年の3月20日に第一回目の名誉市民が推薦、受賞決定した、後の五月に叙勲があって、泥縄式?に、兵庫県知事が表彰かな?大正6年に希望を抱いて就職した園藝試験場を9ヶ月で追い立てられる様に、度亜した九平には、少し複雑?だったかも。受賞式が有ったのかは不明なので、どうかは判りませんが、兎に角、掲載された新聞を朝日新聞に限らず、地元の神戸新聞や毎日でも見つけたい、と、受賞理由が、少しでも判明するでしょうから。
38 : 管理人 (2024-08-13 00:31)
題名: 兵庫県立図書館にはあるようです。
神戸市立図書館はなかったですが、兵庫県立図書館にはありました。
予約可能になっていますから、借りることは可能と思われます。


淡路365日
福谷弘著
Books成錦堂
1990.6

神戸市立図書館ネットワークサービス
https://www.lib.city.kobe.jp/winj/opac/top.do

兵庫県立図書館
〒673-8533
兵庫県明石市明石公園1-27
Tel:078-918-3366
https://www.library.pref.hyogo.lg.jp/
39 : エリスリナ・ガル (2024-08-13 20:36)
題名: 黄綬褒章の叙勲と名誉市民の受賞理由は?
淡路365日の、掲載されたのは、12月4日よりも前の記事でしょうが、叙勲が秋だったのか、翌年の五月のことなのか?が、良く解りませんね。なんか、雲行きが怪しくなって来ました。普通、叙勲と言えば市町村や業界団体から、若しくは、個人ででも推薦人を二人以上添えて、関係の国の部署に推薦されたら、審査、公表されて、ハレテ受賞、新宿御苑で…なんでしょうが、九平の場合、黄綬褒章ですから花卉園藝にモクモクと取り組んで、功績を上げた?地球の裏側での話ですから、誰が推薦したのか、審査はどの様な形で?と、本来推薦したりする市町村は、何も解らないまま、町長自らが度亜しなければならなくなったのかな?
良く年の4月24日に来日後京都植物園で「市原虎の尾』かな、桜を見たとあるから、かなり、タイムラグはあるものの、チャンとした、受賞月日と理由を確認出来たらと、思います。名誉市民の方は、業績、功績の前に叙勲が前提の様ながしますきから?、ホントに不思議な、出身地といえ、流れを感じます。
40 : エリスリナ・ガル (2024-08-17 06:08)
題名: 九平の黄綬褒章受賞の経緯。
昨日の広島は記録史上では最高気温、38.7℃を記録しました。この灼熱地獄の中、県立図書館に出掛けて、三原郡史と続も書庫から出して貰って話題のか所を確認するコトが出来ました。引用元の兵庫県海外発展史もデジタサービスを申請して、閲覧出来ました。

まず、黄綬褒章に付いては、1957年7月、岸信介首相のアルゼンチン訪 問の際、授与され、さらに、1966年には、兵庫県海外移住先駆者として県知事の表彰をうくたと、ありました。
41 : エリスリナ・ガル (2024-08-17 06:33)
題名: 賀集九平の生い立ちが、足跡か、空知にも?
知事表彰をうけた。続いて『アルゼンチン同胞50五十年史』および『花卉園藝四十年』の著者および編者として知られている。1962(昭和37年)南町より名誉町民に推された。と、詳しく年次毎に記載されています。

なお、第二章 郡自治と全町村会 第四節 戸籍の変遷と住民登録に、当時の戸籍制度の変遷も簡単ではありますが、説明されておりました。

どうやら、黄綬褒章とその次のひょ兵庫県人の海外移住先駆者と言うのが、やはり混乱を生じた原因の様に感じています。何となくですか、北海道生まれで、育ったっとして、も、一年足らず兵庫県職員として勤務した実績が有れば、兵庫県人にはチ違い有りません。淡路島に生まれて無くても、その辺から兵庫県出身、には違いは無いので、のちに淡路島(両親の故郷)と誤認されたのでは、と想像でしかありませんが。根拠は、海外発展史には、秋田の学校の入学前に空知の農学高へ通っていたと、記載されていましたから?
42 : エリスリナ・ガル (2024-08-21 08:09)
題名: 賀集九平と宮地勝夫の関係は、この辺りで
6月27日に投稿してから、約二ヶ月、エビータの命日を挟んでアレコレ、賀集九平と宮地勝夫の関係を辿って来ましたが、三原郡史と兵庫県海外発展史にその答えは眠っていたのですね。昨日、復刻された『亜国の花卉園芸』と『南米アルゼンチン』植民社発行、昭和六年十月三十日を借りて、再度読み始めています。
落ち着いて、コレまでの経緯を思い出しながら見落としていた事項や三原郡史との記載を読み比べて見たいと、思ったりしましたが、この辺で一応、九平と宮地勝夫の関係は判明しましたので、良しとしたいと思います。二ヶ月近くお付き合いしていただいた掲示板の閲覧者の方々と管理者樣には御礼申し上げます。有り難うございました。
43 : 管理人 (2024-08-21 10:59)
題名: 広島のおもしろい話題
エリスリナ・ガルさん

いろいろ興味がつきないこと!

新情報といろいろ、ありがとうございました。
(^^)

賀集九平氏の活躍については、「淡路島ゆかりの有名人」にのせたいと思います。
wikipediaに詳しい方には、wikipediaにも掲載していただきたいところです。

あと、広島のおもしろい話題でもありましたら、新スレッドで書き込みしていただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
(^^)
44 : エリスリナ・ガル (2024-08-24 21:38)
題名: 亜国日報は国会図書館関西支部でも閲覧出来れば、
すっかり、忘れておりました!が、『亜国日報』の宮地勝夫社長に、田中一信でしたか、もう一人、福山市に帰国されていた、編集者から聞いていた事、日報が廃刊した時に、国会図書館に寄贈しました。と、最近、マイクロフィルム化が完了したと、新聞資料の広報にありましたが、関西支部で例の『365日』を閲覧されるなら、序に、岸首相の訪亜時の叙勲や九平の県知事表彰、また、南あわじ市長が訪問した時期の新聞には、どう報道されているか、閲覧出来ないですかね?
エビデンスを何に、求めるか?というコトになるかとは、思いますが、南あわじ市の広報紙と同じレベルの信頼性を『亜国日報』の編集者に求めるのも、有りかなと。常日頃、九平とは日本人会の代表として、また、淡路島の同郷?の話相手、取材先として、親交が有ればコソの、秘話なり記事も掲載されているような気がします。
単なる、希望的な観測でしか、有りませんが、同胞の読者も十分関心を寄せるような記事である事も、事実でしょうから?
45 : エリスリナ・ガル (2024-08-27 22:32)
題名: 淡路島での津田仙の関わりが2件
 なんか、奇跡の様な出来事が起こりそうな予感がして来ました。
津田梅子の父、仙の『学農社?かな』と大日本農会のコトを調べていたら、コンナ論文が、明治何10年の頃か良く分かりませんが、農業雑誌の読者数を県別に表示してある図が有りました!兵庫県は飛び抜けて読者層が厚いこと、また、その図の注意書きに、賀集久太郎(平瀬与一郎?かな)の名前と、さらにさらに、雑誌の販売店か取次店でしょうか、淡路島の洲本の名前が、出てきますが、これは、神戸の有名な書店を開いた、画集喜一郎とかも関係していたり、しませんか?

https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030723652

津田仙は、北海道の開拓使の雑誌も発行していたし、赤心社を通じて、渡辺伊平を賀集村の北海道移住者の為に派遣した?、されたとかも、
46 : エリスリナ・ガル (2024-08-27 22:53)
題名: 学農社雑誌の読者、には平瀬与一郎も
コチラがもう一つの論文

https://core.ac.uk/download/pdf/235074986.pdf 
 
47 : 管理人 (2024-08-28 00:00)
題名: 阿万海岸海水浴場にアメリカデイゴ の木が植えられているそうです
X(旧twitter)を見ていたら、

な、なんと・・・

南あわじ市さんがポスト(ツィ―ト)されていました。

阿万海岸海水浴場にアメリカデイゴ の木が植えられているそうですよ!
(^_-)

南あわじ市さんがポスト(ツィ―ト)
https://x.com/MinamiawajiCity/status/1827839121035079681

じ、実は、
私「淡路島情報館・管理人」は、保育園に行くまで阿万に住んでいたことがあります。
むかしは、神代の国衙から阿万の西町までバスがきていて、西町で降りたすぐのところが海岸でした。
西町の波止場には、小学校に行くようになっても良く釣りに訪れていましたね。
とっても、なじみの場所であり、思い出の場所が阿万の西町周辺です。

近くには「吹上浜」もあります。
「吹上浜」は、なんどもドラマや映画のロケ地になるなど淡路島でも有数の美しい場所です。
ただし、「吹上浜」は泳ぐことはできないと思います。


南あわじ市 阿万海岸海水浴場
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/soshiki/shoukou/ama-kaisuiyokujyou.html

YOUTUBE サンTV 阿万海岸海水浴場海開き


淡路島フィルムオフィス 映画「日本独立」
https://awaji-fo.jp/movies/detail.php?support_id=3

Tripadvisor 吹上浜
https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g1022836-d7185366-i369347902-Fukiagehama_Camp_Site-Minamiawaji_Awaji_shima_Hyogo_Prefecture_Kinki.html


追記 2026.6.29)
淡路島出身のキャスターの奥井奈々さんは阿万海水浴場近くで生まれたそうです。
私の小学校の同級生に奥井さんがいました。
いつのまにか転校されていましたが関係あるのかなぁ~
運動神経が抜群でリーダータイプの女の子でしたね。
奥井奈々さんは三原町出身ともあります。
でも阿万海水浴場は南淡町にあります。
今は同じ南あわじ市です。
三原町から阿万海水浴場は近いと言えば近い。遠いと言えば遠い。

myuu 奥井奈々
https://myuu.jp/?p=15974

淡路島情報館 淡路島出身有名人
https://awaji.kobe-ssc.com/yuumeijin.php




48 : エリスリナ・ガル (2024-08-31 15:03)
題名: アメリカデイゴの花は、ドンナ味?
 南あわじ市内にもアメリカデイゴの木が植えられていると言う事でしたら、名誉市民の、受賞後も九平やアルゼンチンとの交流は、続いていると言うことでしょうか?また、姉妹都市とか、北海道のいくつかの市とも交流が有りそうな気もします。

 (^^)アメリカデイゴの花は、食べられると、どう料理するのかは、不明ですが、害にはならないようですから。
49 : 管理人 (2024-08-31 20:51)
題名: エビータからの贈り物? ^_^;
兵庫県立農林水産技術総合センター 淡路農業技術センターつながりでしょうか?

今まで見落として草木や花、いろいろな言われあるんですね。

まさか、
超有名人のエビータが広島に送った種が淡路島にも来ていた可能性も否定出来ない。
(^^;)

wikipedia エビータ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%90%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%AD%E3%83%B3
50 : エリスリナ・ガル (2024-09-02 07:43)
題名: 淡路島にも、ブドウやオリーブの栽培の歴史は
 エビータから贈られたタネの中に、オリーブは含まれていなかったか?或いは、発芽しなかったのかは、分かりませんが明治時代に初めて栽培に成功した小豆島の池田町から、平和記念公園に贈られた記録は有りました。

 新聞に依ると、第六管区かな海上保安部の船で運ばれてきた、ようです。https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/138/7639.html 

 また、イタリアからも、
https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/138/139322.html
 
平和のシンボルとして、贈られているようですが、淡路島でも小豆島と同じ様に栽培、山地化されていますか?岡山県のエーゲ海、牛窓や広島の江田島でも最近はわだいになって来ていますょ。
51 : 管理人 (2024-09-02 11:54)
題名: 淡路島とオリーヴ
良くわかりませんが、
淡路島オリーブ協会と言うのがあるらしい。
初耳です。

淡路島と言えばミルクとオレンジの島と良く聞いた気がーーー

淡路島オリーヴ協会
https://awajishima-olive-association.org/
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