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スレッド [92] |
高田方壺・近蔵を調べようとしていたら、何と、ハーンの一番弟子の大谷が教師の第一歩を淡路島の洲本から印していた、様です。
大谷正信の一番弟子が後の、高田蝶衣らしいと、兵庫県大事典に掲載されておりました。なお、詳しくは、No.85の渡辺えい作のNo.5辺りをご覧になると、八雲、子規、漱石とまた、京都や仙台での学友・友人として高浜虚子や河東碧梧桐がおりますし、子規の養子となった忠次郎は中原中也とも…
大谷正信の一番弟子が後の、高田蝶衣らしいと、兵庫県大事典に掲載されておりました。なお、詳しくは、No.85の渡辺えい作のNo.5辺りをご覧になると、八雲、子規、漱石とまた、京都や仙台での学友・友人として高浜虚子や河東碧梧桐がおりますし、子規の養子となった忠次郎は中原中也とも…
中国新聞のセレクト(夕刊の様な?)に掲載された、広島と漱石』の中にも、広島高等学校の教頭でしたか?、少しばかり、大谷の事が出てきます。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784863274815
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784863274815
大谷繞石と淡路島、洲本での教員生活(兵庫県大事典から)
https://photos.app.goo.gl/6S6gfnaRZYWngetM9
https://photos.app.goo.gl/BRvTPZbeVXsGCjgp6
経済学者の大内兵衛も生徒のひとりだった様です。
https://photos.app.goo.gl/6S6gfnaRZYWngetM9
https://photos.app.goo.gl/BRvTPZbeVXsGCjgp6
経済学者の大内兵衛も生徒のひとりだった様です。
広島大學創立75周年のバスが、県庁玄関を秋の交通安全週間のスタートした後に、入って来ました。そう言えば、森戸辰男は初代の広島大学長で、焦土と化したキャンパスを緑化した功労者でも、有りました。
広島大学
https://www.hiroshima-u.ac.jp/about/photo_gallery/symbolic_tree
https://www.google.com/search?q=%E6%A3%AE%E6%88%B8%E8%BE%B0%E7%94%B7&oq=%E3%82%82%E3%82%8A%E3%81%A8&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUqCQgJEAAYBBiABDIGCAAQRRg5MgkIARAAGAQYgAQyCQgCEAAYBBiABDIJCAMQABgEGIAEMgkIBBAAGAQYgAQyDwgFEAAYBBiDARixAxiABDIJCAYQABgEGIAEMgkIBxAAGAQYgAQyBggIEEUYPTIJCAkQABgEGIAEMgwIChAAGAQYsQMYgAQyCQgLEAAYBBiABDIJCAwQABgEGIAEMgkIDRAAGAQYgAQyCQgOEAAYBBiABNIBCTE2MDUxajBqN6gCFLACAQ&client=ms-android-sharp&sourceid=chrome-mobile&ie=UTF-8
確か、森戸事件で一緒に逮捕、勾留されたのが、大内兵衛かな。
経済学の掲載論文が、元で?
広島大学
https://www.hiroshima-u.ac.jp/about/photo_gallery/symbolic_tree
https://www.google.com/search?q=%E6%A3%AE%E6%88%B8%E8%BE%B0%E7%94%B7&oq=%E3%82%82%E3%82%8A%E3%81%A8&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUqCQgJEAAYBBiABDIGCAAQRRg5MgkIARAAGAQYgAQyCQgCEAAYBBiABDIJCAMQABgEGIAEMgkIBBAAGAQYgAQyDwgFEAAYBBiDARixAxiABDIJCAYQABgEGIAEMgkIBxAAGAQYgAQyBggIEEUYPTIJCAkQABgEGIAEMgwIChAAGAQYsQMYgAQyCQgLEAAYBBiABDIJCAwQABgEGIAEMgkIDRAAGAQYgAQyCQgOEAAYBBiABNIBCTE2MDUxajBqN6gCFLACAQ&client=ms-android-sharp&sourceid=chrome-mobile&ie=UTF-8
確か、森戸事件で一緒に逮捕、勾留されたのが、大内兵衛かな。
経済学の掲載論文が、元で?
高田蝶衣はどんな俳句を詠んだのかな?と、
http://www.eonet.ne.jp/~ja3amm/choi.html
その中に、『寝転んで』と詠んだ句が出てきましたが、コレは一茶が道後温泉で詠んだ句を意識して、詠んだかも
https://honndokagawa2019.blog.fc2.com/blog-entry-1346.html
http://www.eonet.ne.jp/~ja3amm/choi.html
その中に、『寝転んで』と詠んだ句が出てきましたが、コレは一茶が道後温泉で詠んだ句を意識して、詠んだかも
https://honndokagawa2019.blog.fc2.com/blog-entry-1346.html
不折が美術展に出品した『淡煙』は宮内庁でお買上げ?されて、もう一点はパリの万国博覧会に出品されたそうです。
https://www.city.taito.lg.jp/virtualmuseum/shodo/shodo_0301/003.html
漱石も繞石も不折も根岸俳句会で同席していたのかな?
https://www.city.taito.lg.jp/virtualmuseum/shodo/shodo_0301/003.html
漱石も繞石も不折も根岸俳句会で同席していたのかな?
大谷は松江の造り酒屋の息子だから、出雲弁で英語を話たのでしょうか?
今年は、清張の『砂の器』公開50年目に当たるそうです。
https://www.asahi.com/articles/ASSB41FK9SB4PUUB00QM.html
清張の父親は奥出雲の先の鳥取県日野町の生まれらしいし、清張は米子で育って、後に読売新聞の、記者をしていた様だから、映画中の『亀田』が亀嵩らしいと、出だしがこんな、出雲弁の所から始まったと、記憶しているのですが、清張が、亡くなって、もう30年なのですね。
今年は、清張の『砂の器』公開50年目に当たるそうです。
https://www.asahi.com/articles/ASSB41FK9SB4PUUB00QM.html
清張の父親は奥出雲の先の鳥取県日野町の生まれらしいし、清張は米子で育って、後に読売新聞の、記者をしていた様だから、映画中の『亀田』が亀嵩らしいと、出だしがこんな、出雲弁の所から始まったと、記憶しているのですが、清張が、亡くなって、もう30年なのですね。
八雲の怪談の中のButterflyの、英文をAIの自動翻訳で眺めていたら、大谷が集めた資料だと、思われる俳句(井上杉長)に出合いました。
それが、この句なのですが、
https://photos.app.goo.gl/QuShukscn56uJLoE6
今のトコロは、この句だけですが、井上は、松平定信の侍医で有ったこと、房総の野島崎に芭蕉の句碑を一茶門下?でしょうか、建立しています。
句碑の裏には、方壺、淡路島の高田近蔵(方壺)と同一人物であるかは、今のトコロは不明ですが
それが、この句なのですが、
https://photos.app.goo.gl/QuShukscn56uJLoE6
今のトコロは、この句だけですが、井上は、松平定信の侍医で有ったこと、房総の野島崎に芭蕉の句碑を一茶門下?でしょうか、建立しています。
句碑の裏には、方壺、淡路島の高田近蔵(方壺)と同一人物であるかは、今のトコロは不明ですが
八雲の怪談から、十六日桜
https://photos.app.goo.gl/JRh3Qu8LTJEJSBYS7
https://photos.app.goo.gl/fUaZqxLSMNsXmUL4A
ウソのような十六日(ワザワザローマ字綴り)、
十六夜(イザヨイ)では、有りません。
https://photos.app.goo.gl/JRh3Qu8LTJEJSBYS7
https://photos.app.goo.gl/fUaZqxLSMNsXmUL4A
ウソのような十六日(ワザワザローマ字綴り)、
十六夜(イザヨイ)では、有りません。
No.6のトコロの八雲の命日の件、120年程さかのぼりますが、9月26日かな、
https://photos.app.goo.gl/DugUzDBMzsRLzS1HA
怪談の十六日桜の事が、触れて有りました。
https://photos.app.goo.gl/fQjHdPiF9zJ7miQEA
https://photos.app.goo.gl/DugUzDBMzsRLzS1HA
怪談の十六日桜の事が、触れて有りました。
https://photos.app.goo.gl/fQjHdPiF9zJ7miQEA
一茶の十六日桜から始まった、淡路島の方壺?
高田近蔵の事ですが、正月休み中ですが進展が少し有りました。
https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/record/5585/files/KJ00004038044.pdfhttps://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/record/5585/files/KJ00004038044.pdf
札幌大学の梅原達治先生が『勧世丸水主金蔵 エソ地ヲロシア見聞帰朝話』の解説をされていて、最後のトコロに、詳細は不明の様ですが、隠居した嘉兵衛と共に、淡路島で過ごしたのでは無いかと、触れておりました。
俳人方壺として、俳句を詠んだり、したことは分かりませんが
、司馬遼太郎の『菜の花の沖』の金蔵は確かに、帰国した後は淡路島で過ごしたのは確かなようですから。
高田近蔵の事ですが、正月休み中ですが進展が少し有りました。
https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/record/5585/files/KJ00004038044.pdfhttps://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/record/5585/files/KJ00004038044.pdf
札幌大学の梅原達治先生が『勧世丸水主金蔵 エソ地ヲロシア見聞帰朝話』の解説をされていて、最後のトコロに、詳細は不明の様ですが、隠居した嘉兵衛と共に、淡路島で過ごしたのでは無いかと、触れておりました。
俳人方壺として、俳句を詠んだり、したことは分かりませんが
、司馬遼太郎の『菜の花の沖』の金蔵は確かに、帰国した後は淡路島で過ごしたのは確かなようですから。
暮から気になっていた、高田近蔵(方壺)は、何とか、備前国日比村の観世丸水主金蔵と、思って間違い無いかと。
再度、長野の一茶記念館や県立長野図書館で確認したい、と思います。
と、言うのは、平成七年五月に株おうふうから出版された、一茶事典の505ページ、研究文献目録の中に、アット@@@驚きの、記載が出現
何と、『複製・一茶翁四季扇面屏風』
[発行] 平成二年(1990)刊 郷土出版社
[内容] 一茶自筆俳画入りの扇面四枚 (原寸多色複製)を貼った屏風。
別冊に「作品紹介」(矢羽勝幸)と、有ります。
モチロン、複製ですし、現物を確認した訳では有りませんが、一茶の真筆であれば、高田金蔵が一茶に金一歩を添えて依頼した、句の可能性がないとは言えないでしょう。或いは、同様の屏風を見付けて金蔵が嘉兵衛の為に依頼したとか、一茶が控えとか、類似の四季扇面屏風を多数作成していたと、シテも、ソレはソレとして、復刻の元の所在と、屏風に書かれた俳句は、何であるかが判明すれば、
良いと、思います。
再度、長野の一茶記念館や県立長野図書館で確認したい、と思います。
と、言うのは、平成七年五月に株おうふうから出版された、一茶事典の505ページ、研究文献目録の中に、アット@@@驚きの、記載が出現
何と、『複製・一茶翁四季扇面屏風』
[発行] 平成二年(1990)刊 郷土出版社
[内容] 一茶自筆俳画入りの扇面四枚 (原寸多色複製)を貼った屏風。
別冊に「作品紹介」(矢羽勝幸)と、有ります。
モチロン、複製ですし、現物を確認した訳では有りませんが、一茶の真筆であれば、高田金蔵が一茶に金一歩を添えて依頼した、句の可能性がないとは言えないでしょう。或いは、同様の屏風を見付けて金蔵が嘉兵衛の為に依頼したとか、一茶が控えとか、類似の四季扇面屏風を多数作成していたと、シテも、ソレはソレとして、復刻の元の所在と、屏風に書かれた俳句は、何であるかが判明すれば、
良いと、思います。
勧(観)世丸 水主 金蔵の出身地?かな、日比を北前船の寄港地で調べて、見ると、有りました。備前国には下津井、牛窓の間にチャンと
https://photos.app.goo.gl/D7WKpUWtKdb7CnhX6
https://photos.app.goo.gl/e72jgUidHLnFKzgD6
コレを見ると、淡路島にも2点、スモトと嘉兵衛の地元でしょうか?島の北側にも寄港地が有るのが分かります。
https://photos.app.goo.gl/D7WKpUWtKdb7CnhX6
https://photos.app.goo.gl/e72jgUidHLnFKzgD6
コレを見ると、淡路島にも2点、スモトと嘉兵衛の地元でしょうか?島の北側にも寄港地が有るのが分かります。
方壺が桜を詠んだ俳句が『花供養』(立命館大学の古典の翻刻)に天保三年、須本とでてきました。から、年表マニアの高田屋嘉兵衛と一茶年譜から
http://park2.wakwak.com/~fukuroya/04.htm
https://nenpyou-mania.com/n/jinbutsu/10586/%E9%AB%98%E7%94%B0%E5%B1%8B%E5%98%89%E5%85%B5%E8%A1%9B
ほぼ、嘉兵衛の活躍した時代と、一茶は同じ時代を生きたコトが分かります。舞台は、淡路島から、北前船の廻船航路、蝦夷地に千島…
一方、一茶は、雪深い信州から江戸に房州へも、また、寛政四年からの西国紀行では、淡路島から南海道を伊予と、長﨑な熊本の八代辺りまで旅を続けていた様です。
http://park2.wakwak.com/~fukuroya/04.htm
https://nenpyou-mania.com/n/jinbutsu/10586/%E9%AB%98%E7%94%B0%E5%B1%8B%E5%98%89%E5%85%B5%E8%A1%9B
ほぼ、嘉兵衛の活躍した時代と、一茶は同じ時代を生きたコトが分かります。舞台は、淡路島から、北前船の廻船航路、蝦夷地に千島…
一方、一茶は、雪深い信州から江戸に房州へも、また、寛政四年からの西国紀行では、淡路島から南海道を伊予と、長﨑な熊本の八代辺りまで旅を続けていた様です。
何と、『方壺句集』と言うのが出て来ました。
神戸大学の山口文庫(山口誓子の旧蔵書)らしいのですが、観世丸の水主だったきんぞが句集を出したり、してたなら一茶や杉長門下として認知される様な俳人となったのでしょか?
https://op.lib.kobe-u.ac.jp/opac/opac_details/?lang=0&amode=11&bibid=2001588717
まだ、未見ですが、野島崎の杉長の追悼碑に名前を刻む様な関係だとしたら、一茶も成美にも認められていた、と思われますね。
山口誓子と繞石とは京都に在住していたようですから、虚子や碧梧桐とも交流があっても良さそうですね~。
神戸大学の山口文庫(山口誓子の旧蔵書)らしいのですが、観世丸の水主だったきんぞが句集を出したり、してたなら一茶や杉長門下として認知される様な俳人となったのでしょか?
https://op.lib.kobe-u.ac.jp/opac/opac_details/?lang=0&amode=11&bibid=2001588717
まだ、未見ですが、野島崎の杉長の追悼碑に名前を刻む様な関係だとしたら、一茶も成美にも認められていた、と思われますね。
山口誓子と繞石とは京都に在住していたようですから、虚子や碧梧桐とも交流があっても良さそうですね~。
やっと、高田金蔵のヲロシア見聞帰朝話の本文(玉野市史・資料編)で、確認出来ました。
https://photos.app.goo.gl/JihrWDAukeptcKJC6
https://photos.app.goo.gl/o77BQPbK3B4MTJdN7
https://photos.app.goo.gl/AyJCs9Hrxm1WrF6u9
本編には4ページ程の解説が、有りました。
コレで、金蔵と嘉兵衛の関係なり、国後島で拘束された後のことが、分かりました。
ただ、金蔵=方壺(ほうこ・ほうつぼ、かたつぼの読み?)はまだ、良く分かりません。
司馬遼太郎も、この翻刻を読んだのか、或いは、宮内庁書陵部外のいづれかの帰朝話を参考に、菜の花の沖を書いたのでしょう。
https://photos.app.goo.gl/JihrWDAukeptcKJC6
https://photos.app.goo.gl/o77BQPbK3B4MTJdN7
https://photos.app.goo.gl/AyJCs9Hrxm1WrF6u9
本編には4ページ程の解説が、有りました。
コレで、金蔵と嘉兵衛の関係なり、国後島で拘束された後のことが、分かりました。
ただ、金蔵=方壺(ほうこ・ほうつぼ、かたつぼの読み?)はまだ、良く分かりません。
司馬遼太郎も、この翻刻を読んだのか、或いは、宮内庁書陵部外のいづれかの帰朝話を参考に、菜の花の沖を書いたのでしょう。
長野県立図書館からの調査結果では
江戸後期の信濃の俳人「高田何頼(からい)」と、夏目成美が編纂し小林一茶が関与した『隋斎筆記(ずいさい... | レファレンス協同データベース
https://search.app/TaHZqR5fjfYKLGJZ6
高田何頼との関係しか、分かりませんでした。残念です。
しかし、一茶の引き写した、随斉筆記を写真版で複製したモノが出版されておりました。ので、随斉の記述部分か、一茶が追加したり、メモした部分とかが、ハッキリすれば、金蔵・方壺の事が分かる様な気がして来ました。
江戸後期の信濃の俳人「高田何頼(からい)」と、夏目成美が編纂し小林一茶が関与した『隋斎筆記(ずいさい... | レファレンス協同データベース
https://search.app/TaHZqR5fjfYKLGJZ6
高田何頼との関係しか、分かりませんでした。残念です。
しかし、一茶の引き写した、随斉筆記を写真版で複製したモノが出版されておりました。ので、随斉の記述部分か、一茶が追加したり、メモした部分とかが、ハッキリすれば、金蔵・方壺の事が分かる様な気がして来ました。
随斉筆記
一茶自筆『化政期俳人句録』が長野県立図書館から届いていたので、閲覧して来ました。一茶全集の翻刻した記事と大した相違は有りませんでした。
しかし、方壺の詠んだ3句と、随斉の引き写した、一茶、杉長と成美の木枯らし、雁、家鴨の句が少し記になりました。
https://drive.google.com/file/d/134ioRe9zjGzHkj_4dB4rOysUlp3uIMpa/view?usp=drivesdk
この林誠司さんの解説のロシアの話は、松平定信と井上杉長の関係や杉長の追悼碑に方壺の名前があることから、淡路の金蔵とも関わりが有りそうですね。
一茶自筆『化政期俳人句録』が長野県立図書館から届いていたので、閲覧して来ました。一茶全集の翻刻した記事と大した相違は有りませんでした。
しかし、方壺の詠んだ3句と、随斉の引き写した、一茶、杉長と成美の木枯らし、雁、家鴨の句が少し記になりました。
https://drive.google.com/file/d/134ioRe9zjGzHkj_4dB4rOysUlp3uIMpa/view?usp=drivesdk
この林誠司さんの解説のロシアの話は、松平定信と井上杉長の関係や杉長の追悼碑に方壺の名前があることから、淡路の金蔵とも関わりが有りそうですね。
一茶の見た十六日桜は八雲の怪談(大谷から資料を提供され)に再録されましたが、
戦災で焼失して仕舞いました。しかし、京都には同じ十六日桜がイザヨイ桜として残っています。
https://muraokajun.exblog.jp/242117143/
また、同じ早咲きの寒桜として伊予にはツバキカンザクラが、知られています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc736a326d6e6b638c57428e8ede948ff2715f9b
戦後に焼けた後に芽生えたものを2代目として育てたのが、現在の十六日桜ですが、京都の植藤造園や京都府立植物園の十六日桜はどちらの系統からの桜でしょうか?
戦災で焼失して仕舞いました。しかし、京都には同じ十六日桜がイザヨイ桜として残っています。
https://muraokajun.exblog.jp/242117143/
また、同じ早咲きの寒桜として伊予にはツバキカンザクラが、知られています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc736a326d6e6b638c57428e8ede948ff2715f9b
戦後に焼けた後に芽生えたものを2代目として育てたのが、現在の十六日桜ですが、京都の植藤造園や京都府立植物園の十六日桜はどちらの系統からの桜でしょうか?
確か、ツバキカンザクラの有る椿神社の話ですが、
https://matsuyama-sightseeing.com/event/15-2/
今年はもう終わって仕舞いましたが、沿道1.5kmに露店が800軒出店して三日間で50万もの参拝者があるとか?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%83%A9
たしか、陽光桜のワンシーンには、的場浩司が演じた高岡の息子の結婚式をここで挙げたのでは、なかったかと、主人公が十六日桜や椿寒桜を観て陽光桜を造り出したのも、理解出来そうです。
https://matsuyama-sightseeing.com/event/15-2/
今年はもう終わって仕舞いましたが、沿道1.5kmに露店が800軒出店して三日間で50万もの参拝者があるとか?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%83%A9
たしか、陽光桜のワンシーンには、的場浩司が演じた高岡の息子の結婚式をここで挙げたのでは、なかったかと、主人公が十六日桜や椿寒桜を観て陽光桜を造り出したのも、理解出来そうです。
そう言えば、椿神社で思いだしたのが、司馬遼太郎の『街道をゆく』です。
南伊予から西土佐の第一歩が、伊豫豆比古命神社、椿神社からでした。
https://publications.asahi.com/feature/kaidou/14/index.html
また、子規も故郷の松山を思い、椿の句を詠んでいます。
http://www.haiku-matsuyama.jp/jonan/409/#:~:text=%E8%B3%BD%E9%8A%AD%20%E3%81%95%E3%81%84%E3%81%9B%E3%82%93%20%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%82%9D,%E5%8F%A5%E3%82%92%E8%A9%A0%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82
南伊予から西土佐の第一歩が、伊豫豆比古命神社、椿神社からでした。
https://publications.asahi.com/feature/kaidou/14/index.html
また、子規も故郷の松山を思い、椿の句を詠んでいます。
http://www.haiku-matsuyama.jp/jonan/409/#:~:text=%E8%B3%BD%E9%8A%AD%20%E3%81%95%E3%81%84%E3%81%9B%E3%82%93%20%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%82%9D,%E5%8F%A5%E3%82%92%E8%A9%A0%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82
平瀬與一郎の話に、神戸病院が出てきたので少し脱線、子規と虚子、碧梧桐と兄の鍛との療養生活について触れてみます。
https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/0100482787/0100482787.pdf
大谷は虚子と碧梧桐に京都で出合っていますし、ハーンもこの頃熊本の五高から神戸に住まいを移して、日本人の小泉八雲となった様です。
https://blog.goo.ne.jp/chiku39/e/b7225305dc7d3bd068edf54654b45e6c
https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/0100482787/0100482787.pdf
大谷は虚子と碧梧桐に京都で出合っていますし、ハーンもこの頃熊本の五高から神戸に住まいを移して、日本人の小泉八雲となった様です。
https://blog.goo.ne.jp/chiku39/e/b7225305dc7d3bd068edf54654b45e6c
子規が神戸病院に入院した頃は、初夏の五月でしたから、確かに当時にしては
カナリ高価な、豪華な果物だったはずですが、神戸だからこそ栽培が普及してした
のかも、まだ、播州葡萄園の福羽逸人の福羽🍓は世に出てないハズだから、虚子っ
碧梧桐が毎日摘んだ苺の品種は、なんだったのか気にナルのトコロです。
https://www.tuat.ac.jp/outline/executive/tuat150/fukubaichigo.html
https://fng.or.jp/shinjuku/2022/05/15/20220515/#:~:text=%E7%A6%8F%E7%BE%BD%E3%81%AF%E3%80%81%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE,%E5%85%A8%E5%9B%BD%E3%81%AB%E6%99%AE%E5%8F%8A%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
カナリ高価な、豪華な果物だったはずですが、神戸だからこそ栽培が普及してした
のかも、まだ、播州葡萄園の福羽逸人の福羽🍓は世に出てないハズだから、虚子っ
碧梧桐が毎日摘んだ苺の品種は、なんだったのか気にナルのトコロです。
https://www.tuat.ac.jp/outline/executive/tuat150/fukubaichigo.html
https://fng.or.jp/shinjuku/2022/05/15/20220515/#:~:text=%E7%A6%8F%E7%BE%BD%E3%81%AF%E3%80%81%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE,%E5%85%A8%E5%9B%BD%E3%81%AB%E6%99%AE%E5%8F%8A%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
引き続き、子規が食べられなかった、福羽苺の話ですが、
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/20940
コチラも、新宿御苑の話は、内藤唐辛子編も有るバズ
https://www.ntv.c o.jp/dash/articles/65vfjrpsd5recn8rm4.html
神戸病院の療養時代は、まだ世に出てない福羽苺でしたが、その後根岸庵では食べられる様になる位普及したなら、勿論口にしているかも?俳句に詠んだり、描いている様な気がします。
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/20940
コチラも、新宿御苑の話は、内藤唐辛子編も有るバズ
https://www.ntv.c o.jp/dash/articles/65vfjrpsd5recn8rm4.html
神戸病院の療養時代は、まだ世に出てない福羽苺でしたが、その後根岸庵では食べられる様になる位普及したなら、勿論口にしているかも?俳句に詠んだり、描いている様な気がします。
少し横道にはなりますが、最近話題のヒロシマエバヤマザクラの話です。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ee86fc9557f296d72fce217403682f15e21f3211
この珍しい桜を増やそうと試みたのが
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=9198
その後、母校に植えられたのは、大谷正信・繞石が教頭を務た
廣嶋高等学校でした。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG27H4R_X20C16A2000000/
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ee86fc9557f296d72fce217403682f15e21f3211
この珍しい桜を増やそうと試みたのが
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=9198
その後、母校に植えられたのは、大谷正信・繞石が教頭を務た
廣嶋高等学校でした。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG27H4R_X20C16A2000000/
淡路島出身の俳人、高田依蝶を育てた大谷、繞石が教頭としてつとめた広高に植えられたヒロシマエバヤマザクラについては、江波山公園に隣接して開館した、気象資料館の解説に詳しく説明されておりました。
https://www.ebayama.jp/sakura2009/sakura2009_top.html
もと、広島地方気象台の被爆建造物として気象台が移転した後に、博物館として整備・公開されています。
https://www.ebayama.jp/sakura2009/sakura2009_top.html
もと、広島地方気象台の被爆建造物として気象台が移転した後に、博物館として整備・公開されています。
改めて、繞石の事を見てみると、明治8年生まれとありましたから、西暦だと
1875年でしょうから、今年、いや来年かな?生誕150年になるのは、
https://www1.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/shinkou/internet_kikakuten/bungaku/bungakusha/ohtani.html
また、大谷は後に、中央公論の俳句選者になったようですが、大谷光瑞とかも少しは、関係していた様です。東洋大学の、前身かな、私学の教師も引き受けていた、とか、湯島聖堂?とか。
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/jl/ronkyuoa/AN0025722X-072_029.pdf
1875年でしょうから、今年、いや来年かな?生誕150年になるのは、
https://www1.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/shinkou/internet_kikakuten/bungaku/bungakusha/ohtani.html
また、大谷は後に、中央公論の俳句選者になったようですが、大谷光瑞とかも少しは、関係していた様です。東洋大学の、前身かな、私学の教師も引き受けていた、とか、湯島聖堂?とか。
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/jl/ronkyuoa/AN0025722X-072_029.pdf
大谷正信のバケバケでの俳優は、まだ、発表されていないようですが、最初は子役だろうし、
どの様に、描かれるか、登場するのか、興味津々。
松江中学時代の英語教師、教頭の西田仙太郎は大河の渋沢を演じた方でした。
トコロで、大谷の名前は一行も出て来ないのですが、渡辺盈作のトコロの黙仙を調べていて、
石塚純一の『金尾文淵堂をめぐる人びと』の話の中に、ヒントがありました。
店主の子供時代からの友人には、青木月斗がいて、俳句誌『車百合』を出したコトや、漱石や子規、と、俳句関係者と大谷も何処で、繋がっていた様に思えます。
どの様に、描かれるか、登場するのか、興味津々。
松江中学時代の英語教師、教頭の西田仙太郎は大河の渋沢を演じた方でした。
トコロで、大谷の名前は一行も出て来ないのですが、渡辺盈作のトコロの黙仙を調べていて、
石塚純一の『金尾文淵堂をめぐる人びと』の話の中に、ヒントがありました。
店主の子供時代からの友人には、青木月斗がいて、俳句誌『車百合』を出したコトや、漱石や子規、と、俳句関係者と大谷も何処で、繋がっていた様に思えます。
表題からは、少しズレるかもしれませんが、金尾文淵堂の二階から、『ふた葉』や『小天地』が生まれたこと、口絵や挿絵を描いた若い画家のひとりが洲本出身の広瀬勝平でした。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/omhbull/23/0/23_0001/_pdf
また、東京大学の資料には
https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/dbijutus/Zasshi/recordeach.php?-recid=297&-action=find
さらに、最近、復刻、再刊されている様ですね。
https://mainichi.jp/articles/20220521/ddf/012/040/003000c
https://www.jstage.jst.go.jp/article/omhbull/23/0/23_0001/_pdf
また、東京大学の資料には
https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/dbijutus/Zasshi/recordeach.php?-recid=297&-action=find
さらに、最近、復刻、再刊されている様ですね。
https://mainichi.jp/articles/20220521/ddf/012/040/003000c
広瀬勝平の話は、チョット横に於いて置きまして、
大谷繞石と先日、広島高師の槌賀安平、ソシテ、新たに、勝田神能と、
少し話を進めたいと、思います。
提供元: 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター https://share.google/kXMUVTZzyBmnZGB29
元々は、小泉八雲の同僚の博物·理科教師の渡辺盈作、から始まった訳ですが、
淡路島出身の介類学の、平瀬與一郎、ソシテ槌賀安平、は繞石と重なるが、チョット微妙ですが、更にその生徒が勝田神能に繋がっている様な気がします。
大谷繞石と先日、広島高師の槌賀安平、ソシテ、新たに、勝田神能と、
少し話を進めたいと、思います。
提供元: 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター https://share.google/kXMUVTZzyBmnZGB29
元々は、小泉八雲の同僚の博物·理科教師の渡辺盈作、から始まった訳ですが、
淡路島出身の介類学の、平瀬與一郎、ソシテ槌賀安平、は繞石と重なるが、チョット微妙ですが、更にその生徒が勝田神能に繋がっている様な気がします。
昨日、来月から始まるバケバケの子役3人が発表された様ですが、
ハーンの同僚の弟の設定の錦織は、恐らく、西田千太郎だろうから
さて、残り二人のどちらかが、大谷正信、繞石だとみると、名前
だけでは、よく分かりません。
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/oricon/entertainment/oricon-2407630
まあ、見てのお楽しみと、しておきましょうかね
(;_;)
ハーンの同僚の弟の設定の錦織は、恐らく、西田千太郎だろうから
さて、残り二人のどちらかが、大谷正信、繞石だとみると、名前
だけでは、よく分かりません。
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/oricon/entertainment/oricon-2407630
まあ、見てのお楽しみと、しておきましょうかね
(;_;)
最近に、なって小谷春夫のモデルが発表されて
いますね。何人かの生徒を重ね合わせて、人物像
を絞っているのは、登場人物が多くなり過ぎて行
けばソレだけ、放送時間が長くなるし、人件費と
言う訳では、無いでしょうが、登場人物、役者が
少ないのは、制作費も節約出来るから、とか、
(;_;)
https://asadora-tsugi.com/bakebake/masakiseiichi/
いますね。何人かの生徒を重ね合わせて、人物像
を絞っているのは、登場人物が多くなり過ぎて行
けばソレだけ、放送時間が長くなるし、人件費と
言う訳では、無いでしょうが、登場人物、役者が
少ないのは、制作費も節約出来るから、とか、
(;_;)
https://asadora-tsugi.com/bakebake/masakiseiichi/
バケバケの、八雲の話で淡路島のコトは忘れていましたが、
遊佐万之助と同じく、新島送りになった人物に平瀬新兵衛がいまして、島で亡くなっています。以前、平瀬勝平が淡路島の生まれと、文淵堂を巡るひとびとにありましたから、何か繋がりがありそうですね。
平瀬新兵衛の子供が残したとされる庚午事変(稲田騒動)に関する記録について、具体的な文書名や収蔵場所を特定することはできませんでしたが、いくつかの重要な手がかりがあります。
庚午事変に関する資料は、主に以下の場所に収蔵されています。
1. 徳島県立文書館
庚午事変は徳島藩(蜂須賀家)と家老の稲田家との対立に端を発する事件であり、関係資料の多くが徳島県側に残されています。
* 徳島県立文書館では、庚午事変に関する企画展が開催されるなど、事件に関する古文書や資料を収蔵・公開しています。平瀬新兵衛や関連人物の記録が公的な文書や研究資料として収蔵されている可能性があります。
2. 兵庫県(淡路島)の郷土資料館・博物館
事件の舞台である淡路島側の資料館にも、平瀬家を含む関係者の記録が収蔵されている可能性があります。
* 洲本市立淡路文化史料館(現在は淡路島博物館に統合)など、淡路島の歴史を扱う施設では、庚午事変関連の資料(脱帰者である平瀬伊右衛門などの屋敷跡に関する情報も含む)が展示・研究されています。
3. 大学や研究機関
平瀬新兵衛の子供による記録が、個人の手記や研究資料として大学や特定の研究機関に寄託・収蔵されている可能性もあります。
【調査の手がかり】
平瀬新兵衛の子供による記録をお探しの場合は、以下の機関の専門部署に問い合わせてみるのが最も確実です。
* 徳島県立文書館
* 淡路島博物館(洲本市)
* 徳島大学や神戸大学など、四国・関西地方の歴史学・郷土史を研究する大学の図書館・アーカイブ
これらの機関であれば、平瀬新兵衛の妻の手記や、お子様が残された可能性のある記録(日記、書状、覚え書きなど)について、具体的な資料名と収蔵状況を把握している可能性が高いです。
https://g.co/gemini/share/b2da302057a3
(^_-)
遊佐万之助と同じく、新島送りになった人物に平瀬新兵衛がいまして、島で亡くなっています。以前、平瀬勝平が淡路島の生まれと、文淵堂を巡るひとびとにありましたから、何か繋がりがありそうですね。
平瀬新兵衛の子供が残したとされる庚午事変(稲田騒動)に関する記録について、具体的な文書名や収蔵場所を特定することはできませんでしたが、いくつかの重要な手がかりがあります。
庚午事変に関する資料は、主に以下の場所に収蔵されています。
1. 徳島県立文書館
庚午事変は徳島藩(蜂須賀家)と家老の稲田家との対立に端を発する事件であり、関係資料の多くが徳島県側に残されています。
* 徳島県立文書館では、庚午事変に関する企画展が開催されるなど、事件に関する古文書や資料を収蔵・公開しています。平瀬新兵衛や関連人物の記録が公的な文書や研究資料として収蔵されている可能性があります。
2. 兵庫県(淡路島)の郷土資料館・博物館
事件の舞台である淡路島側の資料館にも、平瀬家を含む関係者の記録が収蔵されている可能性があります。
* 洲本市立淡路文化史料館(現在は淡路島博物館に統合)など、淡路島の歴史を扱う施設では、庚午事変関連の資料(脱帰者である平瀬伊右衛門などの屋敷跡に関する情報も含む)が展示・研究されています。
3. 大学や研究機関
平瀬新兵衛の子供による記録が、個人の手記や研究資料として大学や特定の研究機関に寄託・収蔵されている可能性もあります。
【調査の手がかり】
平瀬新兵衛の子供による記録をお探しの場合は、以下の機関の専門部署に問い合わせてみるのが最も確実です。
* 徳島県立文書館
* 淡路島博物館(洲本市)
* 徳島大学や神戸大学など、四国・関西地方の歴史学・郷土史を研究する大学の図書館・アーカイブ
これらの機関であれば、平瀬新兵衛の妻の手記や、お子様が残された可能性のある記録(日記、書状、覚え書きなど)について、具体的な資料名と収蔵状況を把握している可能性が高いです。
https://g.co/gemini/share/b2da302057a3
(^_-)
少し、時間が経ったので、石塚純一の金尾文淵を巡るひとびとと
山田奈々子の木版挿絵総覧から、赤松麟作と丹羽礼介、平瀬勝平について聞いて見ました。
https://g.co/gemini/share/5814fc059752
まだ、平瀬勝平の伝記の所在は不明ですが、淡路島の出身なら、洲本か南あわじ市の図書館に問い合わせをすれば、ハッキリするでしょう。
なお、庚午事変に関与した平瀬新兵衛は徳島藩士だとしたら明治3年の分限帳に名前があるはずですが、藩士でなくて牧童?かな、農民兵なら南あわじ市にも何か記録が有りそうです。確か、新兵衛は妻を同行して新島に渡っていたとか、島で亡くなったらしいのですが、島暮らしの話が残っているらしい。
山田奈々子の木版挿絵総覧から、赤松麟作と丹羽礼介、平瀬勝平について聞いて見ました。
https://g.co/gemini/share/5814fc059752
まだ、平瀬勝平の伝記の所在は不明ですが、淡路島の出身なら、洲本か南あわじ市の図書館に問い合わせをすれば、ハッキリするでしょう。
なお、庚午事変に関与した平瀬新兵衛は徳島藩士だとしたら明治3年の分限帳に名前があるはずですが、藩士でなくて牧童?かな、農民兵なら南あわじ市にも何か記録が有りそうです。確か、新兵衛は妻を同行して新島に渡っていたとか、島で亡くなったらしいのですが、島暮らしの話が残っているらしい。
あ~
これは楽しみですね。
た、ただ!
今年になり、テレビは一度もみていません。
(^^;)
昔はテレビっ子でしたが、今はテレビよりラジオ派です。
(^^)
まさか大谷繞石が朝ドラに出てくるとは。
でも、テレビの有無は秘密ですが、たぶん見ないと思います。
(^^;)
大谷繞石はハーンの一番弟子と言う事は、テレビでは誰にあたりますか?
wikipedia 大谷繞石
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%91%E3%81%B0%E3%81%91
NHK ばけばけ
https://www.nhk.jp/g/ts/662ZX5J3WG/blog/bl/p63MOdwNjk/bp/pnyMroAvAn/
wikipedia ばけばけ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%91%E3%81%B0%E3%81%91
淡路島情報館・淡路島ゆかりの有名人 大谷繞石
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php
神戸市・神戸の本棚 高田蝶衣
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/696/hon_97.pdf
国立国会図書館デジタルコレクション・学校人脈 洲中・淡路女~洲本高 大谷繞石
https://dl.ndl.go.jp/pid/12109581/1/76
これは楽しみですね。
た、ただ!
今年になり、テレビは一度もみていません。
(^^;)
昔はテレビっ子でしたが、今はテレビよりラジオ派です。
(^^)
まさか大谷繞石が朝ドラに出てくるとは。
でも、テレビの有無は秘密ですが、たぶん見ないと思います。
(^^;)
大谷繞石はハーンの一番弟子と言う事は、テレビでは誰にあたりますか?
wikipedia 大谷繞石
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%91%E3%81%B0%E3%81%91
NHK ばけばけ
https://www.nhk.jp/g/ts/662ZX5J3WG/blog/bl/p63MOdwNjk/bp/pnyMroAvAn/
wikipedia ばけばけ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%91%E3%81%B0%E3%81%91
淡路島情報館・淡路島ゆかりの有名人 大谷繞石
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php
神戸市・神戸の本棚 高田蝶衣
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/696/hon_97.pdf
国立国会図書館デジタルコレクション・学校人脈 洲中・淡路女~洲本高 大谷繞石
https://dl.ndl.go.jp/pid/12109581/1/76
ハーンは、思い出の中で5人の生徒の名前をあげている様です。
大谷は、正信と、石原や小豆澤外2名は苗字だけと言うのは、やはり松江時代だけでなく
上京してからの生徒との再会などが関係していることが伺えます。
https://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2015/11/post-690a.html
セツから見れば、松江時代がどれほど描かれるかに、よりますが
一年数カ月で熊本の第五中学校?でしたか、年内は出雲神話も楽しめそうです。
大谷は、正信と、石原や小豆澤外2名は苗字だけと言うのは、やはり松江時代だけでなく
上京してからの生徒との再会などが関係していることが伺えます。
https://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2015/11/post-690a.html
セツから見れば、松江時代がどれほど描かれるかに、よりますが
一年数カ月で熊本の第五中学校?でしたか、年内は出雲神話も楽しめそうです。
すっかり、遠退いていましたが、バケバケに大谷が登場しましたので、
少し触れて置きます。
https://photos.app.goo.gl/PQqTVmuEA44NfcdDA
また、青木月斗の子規の回想には、根岸庵を訪ねた思い出の中に
黙仙も登場しておりました。
https://photos.app.goo.gl/D6q19XDk2FEZVQqt7
少し触れて置きます。
https://photos.app.goo.gl/PQqTVmuEA44NfcdDA
また、青木月斗の子規の回想には、根岸庵を訪ねた思い出の中に
黙仙も登場しておりました。
https://photos.app.goo.gl/D6q19XDk2FEZVQqt7
コメント、どんどん宜しくお願いします。
やはり、掲示板は賑やかでないと面白くないです。
暇な時で良いので、コメント宜しくお願いします。
m(__)m
追記)
しかし、大谷繞石氏と言う方がいるのも、淡路島とゆかりがあるのも全然知りませんでした。
テレビは見ませんが、朝ドラが好きな方には、より興味あるドラマになってるかもしれません。
淡路島情報館・淡路島ゆかりの有名人 大谷繞石
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php
やはり、掲示板は賑やかでないと面白くないです。
暇な時で良いので、コメント宜しくお願いします。
m(__)m
追記)
しかし、大谷繞石氏と言う方がいるのも、淡路島とゆかりがあるのも全然知りませんでした。
テレビは見ませんが、朝ドラが好きな方には、より興味あるドラマになってるかもしれません。
淡路島情報館・淡路島ゆかりの有名人 大谷繞石
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php
いよいよ来週から、大谷ではなくて、小谷が
ハーンのお気に入りの生徒春夫が登場する様です。
しかも、トキにも春が、とは思わせ振りな予告です。
https://www.asahi.com/and/entertainment/16187137
小谷は単一のモデル、繞石ではないとありますから、もう一人のモデル
が気になるトコロです。
ハーンのお気に入りの生徒春夫が登場する様です。
しかも、トキにも春が、とは思わせ振りな予告です。
https://www.asahi.com/and/entertainment/16187137
小谷は単一のモデル、繞石ではないとありますから、もう一人のモデル
が気になるトコロです。
今週の主役は、小谷ですね。写真は、鯉城の紅葉🍁
https://photos.app.goo.gl/B2ecPGG1ubWMeE7D9
お城の西側にピースウィング、その一角に広高の森
https://photos.app.goo.gl/DntMq8ruPbojvbn89
大谷の句碑が有りました。大谷の英語は出雲弁だったらしい
https://photos.app.goo.gl/htpUQENb2xTKHGNK6(^_-)
https://photos.app.goo.gl/B2ecPGG1ubWMeE7D9
お城の西側にピースウィング、その一角に広高の森
https://photos.app.goo.gl/DntMq8ruPbojvbn89
大谷の句碑が有りました。大谷の英語は出雲弁だったらしい
https://photos.app.goo.gl/htpUQENb2xTKHGNK6(^_-)
スマホにBingからトピックスとして、
ばけばけで、「小谷が○○さんをデートに誘う」だったか通知がきてました。
まさか?
大谷氏のイメージと違うんですが~
(;_;)
小谷は、大谷氏と、もう一人のモデルでもあるらしいので、
もう一人は、軟派な方だった?
ばけばけで、「小谷が○○さんをデートに誘う」だったか通知がきてました。
まさか?
大谷氏のイメージと違うんですが~
(;_;)
小谷は、大谷氏と、もう一人のモデルでもあるらしいので、
もう一人は、軟派な方だった?
ヤフーニュースを見ると、小谷春夫のモデルは大谷繞石氏と言いきって良さそうですね。
ネット情報を見ると、もう一人、モデルとなっていると書かれたサイトが見られますが~
以下、ヤフーニュースから
「ばけばけ」小谷役・下川恭平、高石あかりと意外な接点 制作統括が明かす起用秘話(シネマトゥデイ)
#Yahooニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/7d9a1b620eab8cff31a805e3cb751043479b60ea
連続テレビ小説の第113作「ばけばけ」は、松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々をフィクションとして描く。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語。
橋爪は小谷について「史実の中で参考にした人物はいますが、かなりオリジナルなキャラクターです」と紹介。「大谷(正信)さんというハーンの教え子がいて、その人を少しだけ参考にしています。東京時代に若い大谷とセツさんがいい雰囲気に見えて、ヘブンが嫉妬したというエピソードが残っているんです」とヘブンとトキの間に割って入るような大谷正信の存在に興味を持ったと振り返る。
淡路島情報館 淡路島ゆかりの有名人
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php
ネット情報を見ると、もう一人、モデルとなっていると書かれたサイトが見られますが~
以下、ヤフーニュースから
「ばけばけ」小谷役・下川恭平、高石あかりと意外な接点 制作統括が明かす起用秘話(シネマトゥデイ)
#Yahooニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/7d9a1b620eab8cff31a805e3cb751043479b60ea
連続テレビ小説の第113作「ばけばけ」は、松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々をフィクションとして描く。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語。
橋爪は小谷について「史実の中で参考にした人物はいますが、かなりオリジナルなキャラクターです」と紹介。「大谷(正信)さんというハーンの教え子がいて、その人を少しだけ参考にしています。東京時代に若い大谷とセツさんがいい雰囲気に見えて、ヘブンが嫉妬したというエピソードが残っているんです」とヘブンとトキの間に割って入るような大谷正信の存在に興味を持ったと振り返る。
淡路島情報館 淡路島ゆかりの有名人
https://awaji.kobe-ssc.com/yukari_yuumeijin.php
八雲、ハーンの話とはズレて仕舞いますが、昨日、日付けが変わる直前に、大変興味深い話題が、渡辺清太郎を検索していたら、登場して来ました。
まるで怪談の様な話、ココに出てくる渡辺清太郎は明らかに別人物なのですが、最後のページの金龍桜を見て驚きました。
伊予松山や三重県の桑名と、松平定信縁の地名が
あちら、コチラに出て来ました。
大谷が関わった怪談のButterflyや十六日桜に、また、ヒロシマエバヤマザクラにも通じる話、話題です。
https://www.kuwana-shakyo.com/cmsfiles/contents/0000000/724/matudairasadaaki-3-7.5.pdf
全文検索で、渡辺清太郎、また、金龍桜を検索してい見て下さい。
一重と重弁(10枚の花弁)が混じり合う桜とは、目が点になって仕舞いました。
まるで怪談の様な話、ココに出てくる渡辺清太郎は明らかに別人物なのですが、最後のページの金龍桜を見て驚きました。
伊予松山や三重県の桑名と、松平定信縁の地名が
あちら、コチラに出て来ました。
大谷が関わった怪談のButterflyや十六日桜に、また、ヒロシマエバヤマザクラにも通じる話、話題です。
https://www.kuwana-shakyo.com/cmsfiles/contents/0000000/724/matudairasadaaki-3-7.5.pdf
全文検索で、渡辺清太郎、また、金龍桜を検索してい見て下さい。
一重と重弁(10枚の花弁)が混じり合う桜とは、目が点になって仕舞いました。
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