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[92] 大谷は洲本中学から教師の道を
日時: 2024/09/08 00:48
名前: エリスリナ・ガル ID:jZT8uexc メールを送信する

高田方壺・近蔵を調べようとしていたら、何と、ハーンの一番弟子の大谷が教師の第一歩を淡路島の洲本から印していた、様です。

 大谷正信の一番弟子が後の、高田蝶衣らしいと、兵庫県大事典に掲載されておりました。なお、詳しくは、No.85の渡辺えい作のNo.5辺りをご覧になると、八雲、子規、漱石とまた、京都や仙台での学友・友人として高浜虚子や河東碧梧桐がおりますし、子規の養子となった忠次郎は中原中也とも…
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大谷は出雲弁で俳句を詠んでいたのかな? ( No.10 )
日時: 2024/10/30 15:30
名前: エリスリナ・ガル ID:6hO0ix1I メールを送信する

大谷は松江の造り酒屋の息子だから、出雲弁で英語を話たのでしょうか?

今年は、清張の『砂の器』公開50年目に当たるそうです。

https://www.asahi.com/articles/ASSB41FK9SB4PUUB00QM.html

清張の父親は奥出雲の先の鳥取県日野町の生まれらしいし、清張は米子で育って、後に読売新聞の、記者をしていた様だから、映画中の『亀田』が亀嵩らしいと、出だしがこんな、出雲弁の所から始まったと、記憶しているのですが、清張が、亡くなって、もう30年なのですね。
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