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淡路島出身有名人
淡路島出身の有名人、著名人を紹介するページです。
俳優、タレント、作家、芸術家、スポーツ選手、学者、実業家、政治家など、さまざまな分野で活躍する人物を一覧で掲載しています。
淡路市出身、洲本市出身、南あわじ市出身の有名人をご存じの方はお知らせください。都度、更新していきます。
更新履歴
俳優、タレント、作家、芸術家、スポーツ選手、学者、実業家、政治家など、さまざまな分野で活躍する人物を一覧で掲載しています。
淡路市出身、洲本市出身、南あわじ市出身の有名人をご存じの方はお知らせください。都度、更新していきます。
更新履歴
・愛知県名古屋市大須、及び東京を拠点に活動するアイドルグループ「OS☆U」のメンバーの水沢桃々さんは淡路島出身です。「OS☆U」は、「ご当地アイドル四天王」「ご当地アイドル殿堂入り」の称号を持ちます。YouTube動画を添付しています。(2025.11.12)
・2025年10月、洲本市と函館市は、洲本市五色町都志出身の豪商・高田屋嘉兵衛が縁で災害時の相互応援協定を結びました。素晴らしいことだと思います。(2025.11.7)
・1966年にダイヤモンド社から出版された「大阪酸素工業と鈴木彦次郎(国立国会図書館デジタルコレクション)」の中で、三洋電機社長の井植歳男氏が「淡親社と言う淡路島出身の懇談会があり、立志伝中の人といわれる方が多くいた」とあります。淡親社のメンバーで詳細がわかった方を本ページに掲載していきたいと思います。まずは、一人目は田中晋輔阪大名誉教授です。二人目は日本毛織社長を務めた太田威彦氏です。(2025.10.14)
・淡路島生まれの東京医科歯科大学の名誉教授・大西正男さんを掲載しました。(2025.9.27)
・三原郡阿万町(現南あわじ市)生まれの仏教詩人・榎本栄一さんを掲載しました。(2025.9.27)
・淡路市出身の元プロ野球選手であり、現在は番組制作会社で活躍されている福家雅明さんのYouYube動画がありましたので添付しました。阪神時代の選手間のやりとりが良いなと思います。(2025.9.26)
・淡路市出身のボートレーサーの福岡泉水選手のInstagramの投稿によると、淡路島出身のボートレーサーの方が9人もいるようです。ボートレーサーの項目を新しく作成しました。(2025.5.13)
・HBC北海道放送が、都志本村(現在の洲本市五色町都志)出身の豪商・高田屋嘉兵衛についてのYouTube動画「帆をあげろ!高田屋嘉兵衛 北前船で函館にやって来た男」を作成されていたので添付しました。函館発展の恩人ともいわれているそうです。しかし、立派な銅像ですね!(2025.5.2)
・淡路島出身ではありませんが、宝塚歌劇団で活躍された方で芸名の由来が淡路島と関係ある方が二人もいます。一人目は宝塚歌劇団在籍時に娘役スターとして活躍し、映画女優としても活躍された淡島千景さんです。二人目は花組と月組で組長をされた淡路通子さんです。お二人とも、芸名は百人一首の源兼昌の「淡路島 かよふ千鳥の なく声に いく夜ね覚めぬ 須磨の関守」からなんだそうです。そして、お二人とも宝塚歌劇の発展に大きく貢献したとする「宝塚歌劇の殿堂(pdf)」に選ばれています。ちなみに、松竹歌劇団で活躍し映画女優としても活躍した淡路恵子さんは東京都出身で、芸名は宝塚歌劇の娘役スターであった淡島千景さんに憧れて淡路にしたんだそうです。(2025.4.11)
・宝塚歌劇団、YouTuberの項目を新しく作成しました。宝塚歌劇団では、神島八千代さんを新しく掲載しました。辰美中学校でバレーの選手だったそうです。宝塚歌劇団の淡路島出身者を見て思うのは、トップスターだった雲井浪子さんや大地真央さんがいるなど多士済々なのには驚きです。(2025.3.6)
・淡路島出身で元プロ野球選手の斉藤巧さんの出身地を洲本市から南あわじ市に変更しました。(2025.1.5)
・プロ野球・阪神タイガース所属で淡路市出身の近本光司選手と、同じくプロ野球・阪神タイガース所属で南あわじ市出身の村上頌樹選手の説明を更新しました。添付のYouTube動画を2023年優勝時の物に変更しています。(2025.1.3)
2023年3月より更新履歴を書いています。
ここには、2025年1月以降の更新履歴のみ表示しています。
2024年12月以前の更新履歴は、「淡路島出身有名人のページ 更新履歴一覧」のページをご覧ください。
・2025年10月、洲本市と函館市は、洲本市五色町都志出身の豪商・高田屋嘉兵衛が縁で災害時の相互応援協定を結びました。素晴らしいことだと思います。(2025.11.7)
・1966年にダイヤモンド社から出版された「大阪酸素工業と鈴木彦次郎(国立国会図書館デジタルコレクション)」の中で、三洋電機社長の井植歳男氏が「淡親社と言う淡路島出身の懇談会があり、立志伝中の人といわれる方が多くいた」とあります。淡親社のメンバーで詳細がわかった方を本ページに掲載していきたいと思います。まずは、一人目は田中晋輔阪大名誉教授です。二人目は日本毛織社長を務めた太田威彦氏です。(2025.10.14)
・淡路島生まれの東京医科歯科大学の名誉教授・大西正男さんを掲載しました。(2025.9.27)
・三原郡阿万町(現南あわじ市)生まれの仏教詩人・榎本栄一さんを掲載しました。(2025.9.27)
・淡路市出身の元プロ野球選手であり、現在は番組制作会社で活躍されている福家雅明さんのYouYube動画がありましたので添付しました。阪神時代の選手間のやりとりが良いなと思います。(2025.9.26)
・淡路市出身のボートレーサーの福岡泉水選手のInstagramの投稿によると、淡路島出身のボートレーサーの方が9人もいるようです。ボートレーサーの項目を新しく作成しました。(2025.5.13)
・HBC北海道放送が、都志本村(現在の洲本市五色町都志)出身の豪商・高田屋嘉兵衛についてのYouTube動画「帆をあげろ!高田屋嘉兵衛 北前船で函館にやって来た男」を作成されていたので添付しました。函館発展の恩人ともいわれているそうです。しかし、立派な銅像ですね!(2025.5.2)
・淡路島出身ではありませんが、宝塚歌劇団で活躍された方で芸名の由来が淡路島と関係ある方が二人もいます。一人目は宝塚歌劇団在籍時に娘役スターとして活躍し、映画女優としても活躍された淡島千景さんです。二人目は花組と月組で組長をされた淡路通子さんです。お二人とも、芸名は百人一首の源兼昌の「淡路島 かよふ千鳥の なく声に いく夜ね覚めぬ 須磨の関守」からなんだそうです。そして、お二人とも宝塚歌劇の発展に大きく貢献したとする「宝塚歌劇の殿堂(pdf)」に選ばれています。ちなみに、松竹歌劇団で活躍し映画女優としても活躍した淡路恵子さんは東京都出身で、芸名は宝塚歌劇の娘役スターであった淡島千景さんに憧れて淡路にしたんだそうです。(2025.4.11)
・宝塚歌劇団、YouTuberの項目を新しく作成しました。宝塚歌劇団では、神島八千代さんを新しく掲載しました。辰美中学校でバレーの選手だったそうです。宝塚歌劇団の淡路島出身者を見て思うのは、トップスターだった雲井浪子さんや大地真央さんがいるなど多士済々なのには驚きです。(2025.3.6)
・淡路島出身で元プロ野球選手の斉藤巧さんの出身地を洲本市から南あわじ市に変更しました。(2025.1.5)
・プロ野球・阪神タイガース所属で淡路市出身の近本光司選手と、同じくプロ野球・阪神タイガース所属で南あわじ市出身の村上頌樹選手の説明を更新しました。添付のYouTube動画を2023年優勝時の物に変更しています。(2025.1.3)
2023年3月より更新履歴を書いています。
ここには、2025年1月以降の更新履歴のみ表示しています。
2024年12月以前の更新履歴は、「淡路島出身有名人のページ 更新履歴一覧」のページをご覧ください。
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目 次
野球選手
サッカー選手
大相撲力士
柔道家
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 奈木宏昌 |
柔道家。柔道指導者。六段。 2000年開催のカナダ国際柔道大会で金メダル(81kg級)を獲得。 1977年12月生まれ。南あわじ市立南淡中学校卒業。 |
南あわじ市 |
| 平野時男 |
柔道家(講道館8段)。欧州各国で柔道指導を行いアントン・ヘーシンクやウィレム・ルスカ等の世界チャンピオンを育てる。 1922年8月生まれ。 ■YouTube動画 Tokio Hirano - 1952 平野時男 |
洲本市 |
| 正木健人 |
東京2020パラリンピックの柔道男子100Kg超級代表。 2012年のロンドンパラリンピックの柔道(視覚障害)男子100キロ超級で金メダルを獲得する。2016年のリオデジャネイロでは銅メダルを獲得。 1987年8月生まれ。 |
南あわじ市北阿万 |
バレーボール、ビーチバレー選手
ボートレーサー
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 網代良芽 |
競艇選手。134期。 2024年5月24日、ボートレース尼崎で行われた35回サンスポグリーンカップ争奪戦でデビューしました。 女性競艇選手の福岡泉水選手と来田衣織選手は、母校の先輩だそうです。 2004年3月生まれ。 ■YouTube動画 網代良芽 自己紹介VTR |
|
| 興津藍 |
競艇選手。85期。 1999年11月19日に鳴門競艇場で行われた「第19回報知うずしお杯競走」でデビューしました。 興津藍選手は「おきつあい」と読みます。名字の「興津」姓は、南あわじ市に多い名前なので、南あわじ市出身と思われます。 1981年3月生まれ。 |
|
| 角山雄哉 |
競艇選手。111期。 1990年11月生まれ。 |
|
| 鎌田義 |
元競艇選手。80期。ニックネームは「カマギー」。 2013年に行われた大村・開設61周年記念特別競走・海の王者決定戦で8回目の優出にして初のG1を獲得。2017年引退。 1974年5月生まれ。兵庫県立三原高等学校学卒業。 |
南あわじ市 |
| 来田衣織 |
女性競艇選手。121期。 2017年11月3日にボートレース尼崎でデビューしました。 1996年4月生まれ。 |
淡路市 |
| 福岡泉水 |
女性競艇選手。119期。 2016年11月3日にボートレース尼崎でデビューしました。 淡路島在住で自称淡路観光大使。Instagramを見ると、ゴルフと釣りがほぼ趣味垢なんだそうです。 日刊スポーツの2023年11月23日付の記事によると、プロ野球・オリックスの村西良太投手とは幼なじみで保育園から小中高と一緒なんだそうです。淡路市佐野で生まれ育ち、保育園、小学校は1学年が9人しかいなかったそうです。 1997年9月生まれ。 ■YouTube動画 福岡泉水 好モーター68号機のパワーは抜群!初優出で初優勝を決めた!│BOATCAST NEWS 2024年6月30日│ |
淡路市佐野 |
| 南彩寧 |
女性競艇選手。132期。 2023年5月10日にボートレース尼崎でデビューしました。 好きな物は、コスメ、服、アクセサリーなんだそうです。 2002年7月生まれ。青雲中学、淡路三原高校卒業。 |
洲本市 |
| 向所浩二 |
競艇選手。70期。 1992年5月、尼崎競艇場での一般競走でデビュー。2011年1月27日には、津競艇場の「マンスリーKYOTEI杯」初日ドリーム戦で1000勝を達成したそうです。 1972年11月生まれ。 |
洲本市 |
| 森智也 |
競艇選手。107期。 1989年5月生まれ。 |
囲碁、将棋棋士
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 賀集正三 |
将棋棋士。七段。角田三男八段門下。 1956年四段昇段(プロ入り)、1970年引退。 弟子に前田祐司九段、西川慶二八段、平藤眞吾七段がいます。 1932年生まれ。 |
南あわじ市 |
| 四宮米蔵 |
江戸時代の囲碁棋士。 賭碁師として全国を遍歴し、阿波の米蔵の名を馳せた。後に本因坊門下、四段。晩年は一生軒無案を号す。跡目時代の本因坊丈和との十一番碁がある。 |
淡路市木曽上畑 |
その他スポーツ選手
宝塚歌劇団
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 緒島なほ子 |
宝塚歌劇団の第16期生(1926年初舞台、又は1927年初舞台)。 第1期生の八十島揖子と雲井浪子は実姉。 宝塚音楽歌劇学校卒業。 |
洲本市 |
| 神島八千代 |
宝塚歌劇団の第40期生(1953年入団)。星組所属。男役。 芸名の由来は「淡路島」からです。 1955年に出版された「婦人生活 9(9)(国立国会図書館デジタルコレクション)」によると、淡路島の辰美中学校でバレーの選手をしていたが、合宿の帰りに一人だけ宝塚の試験を受けてみたら受かったんだそうです。愛称はアマちゃん。 辰美中学校、宝塚音楽学校卒業。 |
|
| 雲井浪子 |
元宝塚歌劇団月組トップスター。 宝塚歌劇団の第1期生(1914年初舞台)。娘役。 同じ第1期生の八十島揖子は実姉、第16期生の緒島なお子は実妹。 夫は演劇評論家、早稲田大学教授の坪内士行。娘は女優の坪内ミキ子。義理叔父は坪内逍遥、逍遥の養女は飯塚くに。 宝塚歌劇の発展に大きく貢献したとする「宝塚歌劇の殿堂(pdf)」に選ばれています。 1901年7月生まれ。宝塚音楽歌劇学校卒業。 |
洲本市 |
| 大地真央 |
女優。元宝塚歌劇団月組トップスター。 宝塚歌劇団の第59期生(1973年入団)。男役。 芸名の由来は「大地を踏みしめてまっすぐに進む。」からです。 宝塚歌劇の発展に大きく貢献したとする「宝塚歌劇の殿堂(pdf)」に選ばれています。 1956年2月生まれ。洲本市立洲本第二小学校、洲本市立洲浜中学校、宝塚音楽学校卒業。 ■YouTube動画 大地真央さんや黒木瞳さんが来場 宝塚音楽学校創立110周年記念式典 |
洲本市本町 |
| 良基天音 |
宝塚歌劇団の第82期生(1996年入団)。月組所属。男役。 良基天音は「たかきあまね」と読みます。愛称はあまね、かえこ。 現在、宝塚歌劇の衛星放送チャンネル(タカラヅカ・スカイ・ステージ)で「舞台に懸ける#55「良基天音」」として紹介されています。中学時代に、「ベルサイユのばら」を両親に連れられ初めて観劇し宝塚歌劇にどっぷりはまったそうです。 兵庫県立三原高等学校、宝塚音楽学校卒業。 |
南あわじ市 |
| 八十島楫子 |
宝塚歌劇団の第1期生(1914年初舞台)。 同じ第1期生の雲井浪子と第16期生の緒島なお子は実妹。 八十島楫子は「やそじま かじこ」と読みます。 宝塚音楽歌劇学校卒業。 |
洲本市 |
芸能人、俳優、タレント、モデル
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 青山友美 |
モデル、タレント。 伝説のTV番組「恋のから騒ぎ」14期生。三原高校卒業。第7回大阪モーターショーイメージガール「ナビメイト」、ボートレース尼崎イメージガールズユニット「Amagami Six」メンバーなども務めています。 |
洲本市 |
| 朝比奈彩 |
モデル、タレント。2015年三愛水着イメージガール。 高校卒業後、淡路島で産婦人科のスタッフとして勤務後、モデルを目指して上京。 自慢は陸上競技で10年間鍛えた美脚。100メートルのベストは12秒8、走り幅跳びは5メートル30。 2015年に「ふるさとすもと応援大使」に就任。 1993年10月生まれ。兵庫県立洲本実業高等学校卒業。 ■YouTube動画 朝比奈彩の本気のトレーニングの1日 |
洲本市 |
| 阿波地大輔 |
俳優。 東映京都撮影所所属。師匠は時代劇俳優の近衛十四郎。銭形平次、仮面の忍者 赤影、水戸黄門など時代劇を中心に多数のテレビドラマ、映画に出演。仁義なき戦いにも出演しています。 1932年2月生まれ。兵庫県立洲本高校、同志社大学経済学部卒業。 |
|
| 沖隆二郎 |
俳優。 映画「影武者」「乱」「夢」「まあだだよ」「ヒポクラテスたち」「キネマの天地」など出演多数。 1952年10月生まれ。兵庫県立津名高等学校卒業。 |
|
| 奥井ともこ |
MBS「ありがとう浜村淳です」 木・金アシスタントなど。 大谷女子大学卒業。 |
洲本市 |
| 上沼恵美子 |
かつては、海原千里・万里として姉妹漫才として活躍。現在は、番組司会など幅広く活躍中。 現在、「あわじ国バーチャン・リアリティ」の官房長官もされています。 1955年4月生まれ。 ■YouTube動画 人生これから |
南あわじ市福良 |
| キムラ緑子 |
女優。 2013年のNHKの朝の連続テレビ小説「ごちそうさん」に出演し、ヒロイン・め以子を強烈にいびる小姑役で話題になりました。NHKスタジオパークにも出演しています。 また、洲本市本町の商店街・コモード56にライブハウス「LiveHall Dolly’s」をオープンしています。 1961年10月生まれ。洲本市立加茂小学校、洲本市立青雲中学校、兵庫県立洲本高等学校卒業。 ■YouTube動画 キムラ緑子/2022年『有頂天作家』コメント動画 |
洲本市大野 |
| 幸いってん | 浪曲師。NHK「上方浪曲特選」など出演。 | |
| 笹野高史 |
俳優。 自由劇場を経て、グランパパプロダクション所属。コミカル、シリアス、真面目、堅物と、どのような役柄でも独特の味わいを見せる。山田洋次監督作品の常連でもあり、時代劇には欠かせない存在である。原則としてくる仕事を拒まないことから『ワンシーン役者』を自称する。 1948年6月生まれ。兵庫県立洲本高等学校卒業、日本大学芸術学部中退。 ■YouTube動画 笹野高史が熱演!映画『陽光桜-YOKO THE CHERRY BLOSSOM-』予告編 |
淡路市多賀 |
| 須賀不二男 |
俳優。 1937年新興キネマに入社。手堅い演技派の脇役として数多くのテレビドラマ、映画、舞台で活躍した。特に時代劇では悪家老や悪徳商人役で強烈な個性を発揮した。 1919年7月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 私が時代劇の中で一番印象に残っている悪役の俳優と言えばこの方かもしれません。それほど何度も須賀不二男さん演じる悪家老や悪徳商人を知らず知らずのうちにテレビで見ていた気がします。 YouTube動画で何かないか探していると、小津安二郎監督作品の「秋刀魚の味」にも出演されていることがわかりました。松竹の予告編の動画の2分47秒ごろにクレジット入りで映っていました。「秋刀魚の味」は、昭和37年(1962年)公開の作品です。 |
|
| 中尾萌那 |
女優。 2016年に淡路島を舞台にした映画「あったまら銭湯」のヒロイン役でデビュー。 2001年3月生まれ。 |
南あわじ市 |
| 長田あつし |
元殿さまキングスのリーダーとして活躍。1973年にリリースされた「なみだの操」は大なヒットする。殿さまキングス解散後は、杏しのぶとオヨネーズを結成し「麦畑」が大ヒット。 1940年9月生まれ。 |
淡路市 |
| 堀内優美 |
タレント・ライター。 KTV「おめざめ天気」、ABC-TV「赤丸急上昇」、ABC-R「甲子園ハイライト」出演など。 1973年2月生まれ。 |
洲本市 |
| 宮地真緒 |
女優。 2002年、NHK連続テレビ小説「まんてん」のヒロインに抜擢され、宇宙飛行士を目指す日高満天役で主演。 人気刑事ドラマ「相棒」には、2005年12月14日放送の「殺人生中継」で犯人のアナウンサー役で出演。人気バラエティ「ローカル路線バスの旅」には、2014年4月26日放送の「ローカル路線バスの旅 17弾 山口市~室戸岬 ふれあい珍道中」にゲスト出演。 1984年2月生まれ。 |
洲本市本町 |
| 山口崇 |
俳優・テレビ司会者・長唄三味線奏者・民話研究家。 NHKドラマ「天下御免」で主人公・平賀源内を演じ人気となりました。また、テレビ朝日系「クイズタイムショック」で1978年から1986年まで2代目司会者を務めました。 1936年11月生まれ。東京都立戸山高等学校卒業、早稲田大学教育学部英文科中退。 |
南あわじ市阿那賀 |
| 湯浅真由美 |
淡路島生まれ神戸市育ちのナレーター。 広島テレビ放送のアナウンサーとして入社。退職後は上京し、ラジオ番組のNHKジャーナルのキャスターや婦人百科のインタビュアー、リポーターを経てナレーター業に。 1955年7月生まれ。兵庫県立長田高等学校、武庫川女子大学卒業。 |
|
| 渡哲也 |
俳優。 俳優の渡瀬恒彦は実弟。 昭和40年に日活映画「あばれ騎士道」でデビュー。昭和48年「くちなしの花」で全日本有線放送大賞金賞受賞。昭和51年「やくざの墓場 くちなしの花」で毎日映画コンクール男優演技賞とブルーリボン主演男優賞受賞。 1941年12月生まれ。淡路町立石屋小学校、三田学園中学校・高等学校、青山学院大学経済学部卒業。 ■YouTube動画 渡 哲也銀幕の世界DVD |
淡路市岩屋 (出生地は島根県安来市) |
| 渡瀬恒彦 |
俳優。 俳優の渡哲也は実兄。 1970年に石井輝男監督の映画「殺し屋人別帳」の主役としてデビュー。 1944年7月生まれ。三田学園中学校・高等学校、早稲田大学法学部卒業。 ■YouTube動画 【十津川警部シリーズ】新作ドラマ放送記念!渡瀬恒彦&森下和清プロデューサーが作品の魅力を語る!! |
淡路市岩屋 (出生地は島根県安来市) |
漫才師、お笑い芸人
声優
音楽家、ミュージシャン、歌手
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| オオツエ |
シンガーソングライター。 2015年「淡路島玉ねぎのうた」で全国デビューを果たす。2016年9月には音楽活動10周年を記念したコンサート「ふるさと」を出身地の江井でひらく。 ■YouTube動画 淡路島玉ねき゛のうた/オオツエ |
淡路市江井 |
| 柏木俊夫 | 作曲家。音楽家理論家。代表作にピアノ組曲「芭蕉の奥の細道がある。2012年9月24日に生誕100年を迎えた。 | 洲本市 |
| 北山修 |
精神科医、精神分析家、臨床心理学者、作詞家、ミュージシャン。九州大学名誉教授、白鴎大学名誉教授、白鴎大学大学学長。 淡路島生まれ、京都市育ち。(生後ほどなく京都府京都市に移り、以降学生時代にかけてを京都で過ごすが、プロフィールでは兵庫県淡路島生まれとしている)。1971年に書かれた自身の著作「さすらいびとの子守唄」によると、洲本に生まれたんだそうです。しかし、戦後の混乱期、安住の地として落ち着いていたようですが、生まれて1年かそこらで現住所の京都に移住となったんだそうです。 ミュージシャンとしては、大学時代に加藤和彦と共に「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成。 作詞家としては、「戦争を知らない子供たち」「あの素晴しい愛をもう一度」「風」「花嫁」「白い色は恋人の色」などを作詞しています。 1946年6月生まれ。洛星高等学校、京都府立医科大学医学部卒業。 |
|
| 島さより |
歌手。 「淡路島恋唄」などを歌われています。 1990年のクイーン淡路。旧一宮町(現淡路市)出身です。 前淡路市長の門氏ホームページの2016年02月25日付の記事に、「淡路島恋唄合唱、歌唱指導」「旧一宮町出身の島さよりさんの歌で、淡路島三市の港がおりこまれています」とあります。 ■YouTube動画 (地元スタ-歌手) 島さより |
淡路市 |
| 堂村璃羽 |
日本のアーティスト、YouTubeで楽曲を配信するインフルエンサー。 2021年10月24日現在、YouTubeチャンネル「堂村璃羽」の登録者数は29万人です。 1998年1月生まれ。 ■YouTube動画 byebye - Riu Domura (Official Music Video) |
|
| 野々村あい | 歌手。昭和59年に「大阪あかり/泣くも笑うも人生さ」でデビュー。 趣味は水泳と相撲観戦、特技は相撲甚句だそうです。 |
南あわじ市 |
| 原口知己 | 南あわじ市阿万出身。音楽クリエイター、アーティスト。 | 南あわじ市阿万 |
| HATAKE |
淡路島出身の同級生バンド。2017年に高校の文化祭をきっかけに淡路島で結成。 作詞作曲Vo.Gt 池澤寛太(カンタ),Vo 北谷隼斗(チャタン),Gt秦大翔 (ハタヒロ),Ba 刑部壮登(タケト),Dr 仲野剛瑠(タケル)。 淡路島を中心に活動していたが、高校卒業と共に全国へと活動範囲を広げた。 ■YouTube動画 HATAKE - 左様なら [Official Music video ] |
|
| ヒデオ銀次 |
歌手。吉本興業所属。 昭和63年に東芝EMIより「星名ひろき」の名前で「三代舟」でデビュー。 唯一の趣味が麻雀だそうです。 1965年10月生まれ。 ■YouTube動画 ヒデオ銀次「東京港」Music Video |
|
| 藤岡幹大 |
ギタリスト、ソングライター。MIジャパン東京校ギター科講師。 ジャズやフュージョンスタイルを基本にした斬新なロックテイストのギタースタイルをひっさげバンド結成。天才ギタリスト。ギタリストとしてBABYMETALに参加。 インストラクターとしては日本屈指のプロフェッショナルインストラクターで抜群の実力との評判も! 1981年1月生まれ。兵庫県立淡路三原高等学校卒業。 ■YouTube動画 ESP Guitars: SNAPPER Fujioka Custom Demonstration by 藤岡幹大(Mikio Fujioka) |
南あわじ市市 |
アイドル
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 門脇実優菜 |
AKB姉妹グループ・STU48の元メンバー。ニックネームは「みゆみゆ」。雑誌モデルやキッズコレクションイメージモデル等モデル活動中心に、ダンス・歌・アフレコに猛チャレンジ中のあわじっ子。 2003年3月生まれ。 ■YouTube動画 2 nd DOT. 07 FDA 門脇実優菜 LIVE (full ver,) |
南あわじ市 |
| Honey&Honey |
Honey&Honeyは、島内高校に在学中の双子のご当地アイドルとして活躍しました。メンバーは、阪上晴香と阪上彩香の姉妹で、2014年3月に「真っ白アンブレラ」でアイドルデビューしています。 神戸コレクション特別賞受賞。 2017年3月から2019年7月までは、関西出身8人組みアイドル「サクヤコノハナ」のメンバーとしても活躍しています。姉の阪上彩香さんは、2代目リーダーを務めています。 ■YouTube動画 サクヤコノハナ『ココロノトビラ』Music Video(FULL) 動画は、サクヤコノハナの2017年12月にアップされたミュージックビデオです。 |
淡路市 |
| 別所あみか |
淡路島出身のアイドル。 2019年3月に「ToykoFlight5」としてデビュー。2021年4月よりソロ活動。 2000年2月生まれ。 ■YouTube動画 別所あみか [ 2024.01.14 @ GOTANDA G2 ] |
南あわじ市 |
| 水沢桃々 |
アイドルグループ「OS☆U」のメンバー。12期。担当カラーは緑。 「OS☆U」は、愛知県名古屋市大須及び東京を拠点に活動しており、「ご当地アイドル四天王」「ご当地アイドル殿堂入り」の称号を持ちます。2024年度には「ご当地アイドル神8」にも選ばれています。 自身のx(旧twitter)には「淡路島出身」、Instagramには「淡路島から名古屋に来ました」とあります。 2000年11月生まれ。 ■YouTube動画 OS☆U - 【大須紹介】まさかの12期生3人で!大須に来たらまずここ!種類豊富な雑貨屋さんN.CATさんに行ってきた! - |
小説家、詩人、俳人、作詞家
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 阿久悠 |
放送作家、詩人、作詞家、小説家。 小説家としては横溝正史ミステリ大賞、菊池寛賞などを受賞。「瀬戸内少年野球団」で直木賞候補。 作詞家としてはヒット曲多数。日本レコード大賞受賞曲は「また逢う日まで」「北の宿から」「勝手にしやがれ」「UFO」「雨の慕情」の5曲を作詞しており最多です。日本レコード大賞で特別功労賞、ゴールデン・アロー賞で芸能功労賞などを受賞。 また、紫綬褒章、旭日小綬章を受章しています。明治大学アカデミーコモン地階には阿久悠記念館が開設されています。 1937年2月生まれ。洲本市立都志小学校、五色町立都志中学校、一宮町立江山中学校、五色町立五色丘中学校、兵庫県立洲本高等学校、明治大学文学部卒業。 |
洲本市五色町鮎原 |
| 岩木躑躅 | 俳人。 | 淡路市生穂 |
| 岩野泡鳴 | 岩野 泡鳴(いわの ほうめい、1873年(明治6年)1月20日 - 1920年(大正9年)5月9日)は、明治・大正期の日本の小説家・詩人。 詩人として文壇入りし、小説家に転進する。田山花袋、島村抱月に次ぐ自然主義文学者として活躍した。 |
洲本市海岸通 |
| 伊藤聴秋 | 江戸後期-明治時代の漢詩人。著作に『鈴木重胤全集』全13巻。 | 洲本市 |
| 榎本栄一 |
仏教詩人。1994年仏教伝道文化賞受賞。 念仏詩人と言われていました。平成3年にはNHK「こころの時代」に出演されています。 1903年10月生まれ。 |
南あわじ市阿万 |
| 奥田雀草 | 俳人、俳画家。俳句を現代語表現で再生することに努力し、俳句を誰にも馴染みやすいものにしたそうです。 | 淡路市遠田 |
| 樫本義照 | 作家。代表著書に『鄭先生を偲んで』がある。 | 洲本市 |
| 幸村みよ |
作家。2003年、「夢みる望遠鏡」を出版する。2016年、同作で映画監督デビュー。 |
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| 高田蝶衣 | 俳人。 本名は四十平で、蝶衣と言えば全国に知られる俳人でした。 1908年に「島舟」、1933年に「蝶衣句稿 青垣山」、1941年に「蝶衣俳句全集」が刊行されています。 洲本中学時代の校長が永田青嵐であり、教諭の大谷繞石の影響で俳句を始めました。永田青嵐は俳名で、淡路島出身者として初の大臣となった永田秀次郎です。大谷繞石は島根県松江市生まれの英文学者で俳人です。本名は正信。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の弟子でもあり、ハーンの紹介者としても知られています。 神戸市の「KOBEの本棚 - 神戸市(pdf)」によると、大谷繞石は著書「己がこと人のこと」の中で、教え子の蝶衣について「明治大正昭和年代の最も傑出した俳人の一人」と述べているそうです。 1886年1月生まれ。旧制洲本中学校卒。早稲田大学政経科入学。 |
淡路市釜口 |
| 服部嵐雪 |
淡路国三原郡小榎並村生まれ。松尾芭蕉の高弟10人をさす蕉門十哲(しょうもんじってつ)の一人であり、蕉門第一の高弟の宝井其角と双璧。雪門の祖。 辞世の句は「一葉散る 咄ひとはちる 風の上」。 |
南あわじ市榎列 |
| ビル坂恵 |
放送作家。 |
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| 堀井雄二 |
ゲームデザイナー、作家。 ドラゴンクエストシリーズ、いただきストリートなどの生みの親。2018年には洲本市より名誉市民称号が授与されています。 2025年11月3日、旭日小綬章を受賞しました。ゲーム作家として初の受章です。 1954年1月生まれ。兵庫県立洲本高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。 ■YouTube動画 “ドラクエⅢ ”AMDアワードで優秀賞受賞 堀井雄二「人生はロールプレイングです」 |
洲本市本町 |
| 横健介 |
作詞家、作曲家、編曲家。 ソニー・ミュージックパブリッシング所属。アコースティックバンドSunny4Restの元メンバー。 作曲家としてはAKB48グループに楽曲を提供しているようです。南あわじ市のホームページにも、主な郷土出身者として載っています。 1979年4月生まれ。兵庫県立洲本高等学校、武蔵工業大学工学部建築学科卒業。 |
南あわじ市 |
陶芸家
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 井高帰山 |
陶芸家。 1881年生まれ。津名郡立陶器学校を卒業。 |
淡路市生穂 |
| 賀集珉平 |
淡路島出身の陶工。江戸時代後期、南あわじ市北阿万伊賀野にて淡路島焼を始める。珉平焼ともよばれる。 賀集珉平が始めた珉平焼はタイルで知られるダントーに繋がっていきます。訂正:2025.11.14 1796年2月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 賀集珉平については掲示板での投稿などを参考にしています。 「珉平焼と賀集寅次郎について」。 また、尼崎市出身の俳優の賀集利樹は2018年2月17日放送のテレビ朝日系列「朝だ!生です旅サラダ」で自分のルーツを探す中で沼島、淡路島を訪れます。賀集珉平と直接関係があるのかどうか、放送の中からはよくわかりません。訂正します。 |
南あわじ市北阿万 |
| 中野拓 |
表参道(東京都港区南青山)で陶芸の工房を経営する陶芸家。金継ぎ師。 テレビ、新聞、雑誌など多くのメディアに出演。市川海老蔵、川口春奈のYouTubeチャンネルなどにも出演しています。 日本経済新聞社が「世界が注目する伝統工芸のニューウェーブ」と称しています。 1967年10月生まれ。日本大学卒業。 ■YouTube動画 陶芸やってみたが、、、! |
洲本市 |
画家
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 大石可久也 |
旧津名郡釜口村出身の画家。 淡路市楠本に「アート山大石可久也美術館」があります。 1924年生まれ。洲本中学校(洲本高校)、兵庫師範学校(神戸大学)卒業。 |
淡路市 |
| 岡本帰一 |
童画画家。 兵庫県淡路島に生まれ、東京で育った。 1888年6月生まれ。東京市立第一中学校卒業。 |
洲本市 |
| 吉山明兆 |
吉山 明兆(きつさん みんちょう、正平7年/文和元年(1352年) - 永享3年8月20日(1431年9月26日))は、室町時代前・中期の画僧。 淡路国(現兵庫県)出身。臨済宗の東福寺に入り、大道一以の画法を学んだ。周囲からは禅僧として高位の位を望まれたが、画を好む明兆はこれを拒絶して、北宋の李竜眠から画法を学び、初の寺院専属の画家として大成した。第4代将軍・足利義持からもその画法を愛されている。僧としての位は終生、仏殿の管理を務める殿主(でんす)の位にあったので、兆殿主と称された。 |
洲本市物部 |
| 黒田泊庵 | 物部村(現在の洲本市物部)出身。江戸時代の絵師。「漂泊の画家」と称された。 | 洲本市 |
| 白川芝山 | 江戸後期に活躍した書家、文人画家。 | 洲本市 |
| 中浜稔 | 猫の墨絵の第一人者。淡路市浦に「淡路市立中浜稔猫美術館」があります。 | 淡路市 |
| 廣瀬勝平 |
明治から大正時代に大阪で活躍した洋画家。洲本生まれで14歳まで洲本高等小学校(現・洲本第一小学校)に通い、その後は東京に移っています。 大阪商工会議所より発行された「大阪の至宝」2011年カレンダー作品として「欧州風景」が選出されています。 また、2023年には文芸社から「早世の画家・廣瀬勝平 日本と欧州、その足跡」が出版されました。 1877年6月生まれ。東京美術学校(現・東京藝術大学)卒業。 |
洲本市 |
| 不動立山 |
大正・昭和の日本画家。 1886年4月生まれ。京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)卒業。 |
南あわじ市松帆 |
| 増田千代松 |
日本画家。 帝展に9回入選。日本の四季の風景や花鳥画を得意とし、「天性の自由人」「仙人画家」とも呼ばれました。 1901年生まれ。京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)卒業。 |
南あわじ市福良 |
漫画家、漫画原作者、アニメーター、イラストレーター
彫刻家
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 菊川晋久 | 菊川 晋久(きくかわ のぶひさ、1932年 - )は、兵庫県出身の彫刻家。女性を中心とした人物像などを発表、その多くが神戸市内に野外彫刻として設置されている。 | 南あわじ市 |
アーティスト
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 清川あさみ |
アーティスト、美術家。 2001年より、布や糸を使った作品を生み出しているアーティストとして様々な分野で活躍。写真に刺繍をするなど斬新な手法を生み出す。CM、広告、衣装、空間デザインと幅広い活躍をしている。課外授業 ようこそ先輩(2011年6月18日、NHK教育)、情熱大陸(2012年2月5日、TBS)など出演。 2020年に「南あわじ地域魅力プロデューサー」に就任。 2021年末のNHK紅白歌合戦に初出場したYOASOBIのMV「もしも命が描けたら」の監督、絵コンテ、原画などにも携わっているそうです。2021年12月12日に配信開始され、2025年1月3日現在は2644万再生となっています。 1979年9月生まれ。兵庫県立洲本高等学校、文化服装学院卒業。 ■YouTube動画 淡路人形座再生プロジェクト vol.1始動 |
南あわじ市広田 |
人形浄瑠璃、文楽
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 植村文楽軒 |
初世植村 文楽軒(うえむら ぶんらくけん、宝暦1年(1751年) - 文化7年7月9日(1810年8月8日))は、人形浄瑠璃・文楽座の始祖。文楽の創業者。本名は正井与兵衛。 寛政頃に大坂の高津橋南詰西の浜側に浄瑠璃稽古場を開場。1805年に資財をなげうって新地に立人形興行を始める。これが文楽座の源流になる。のち1809年に堀江に転移。植村文楽翁を名乗る。 |
淡路市仮屋 |
| 竹本駒之助 |
女義太夫の太夫。昭和24年大阪で竹本春駒に入門する。 1999年に人間国宝になっています。 2003年に綬褒章、2008年には旭日小綬章を受章。 ■YouTube動画 【LTRダイジェスト】女流義太夫 人間国宝 “竹本駒之助を聴く”「烏帽子折?源氏 伏見の里の段」三味線:鶴澤津賀花 |
南あわじ市市 |
| 竹本春子太夫 | 義太夫節の太夫。義太夫節三代目竹本春子太夫。 | |
| 鶴澤友路 |
義太夫節の三味線奏者。1998年には淡路島出身者初の人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されました。 芸名の「友路」は、師匠の鶴澤友次郎師匠が自分の名前「友」と淡路の「路」から付けられたものだそうです。 現在、B&G財団HPの「無料で読める偉人マンガ」で、「マンガふるさとの偉人 人間国宝 鶴澤友路」を読むことができます。 |
南あわじ市福良 |
| 吉田兵次 |
人形浄瑠璃文楽の人形遣い。 1966年に勲七等青色桐葉章を受章。 兄三人も人形遣いで、一番上と三番目の兄が文楽座と大阪堀江座に籍を置いていた。二番目の兄は初代桐竹紋十郎の門下で桐竹紋五郎を名乗った。 |
ユーチューバー
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 柿原朋哉(ぶんけい) |
YouTuber。振付師、小説家。 日本人2人組のYouTuber「パオパオチャンネル」のメンバーとして活躍する。 2021年3月18日現在、「パオパオチャンネル」のチャンネル登録者数は154万人、2020年8月に新しく開設した「ぶんけい」のチャンネル登録者数は15.4万人です。 1994年11月生まれ。兵庫県立洲本高等学校卒業。 ■YouTube動画 【実家訪問】ぶんけいが生まれ育った淡路島に二人で行ってみた |
洲本市 |
| 齋藤輝 (サイコ) |
YouTuber。 YouTubeチャンネル「いだちゃんねる」のメンバー。「いだちゃんねる」は、コバとサイコからなる男性2人組のYouTuber。チャンネルのコンセプトは「君を笑顔にします」。 2025年5月15日現在、「いだちゃんねる」のチャンネル登録者数は77万人です。 1999年6月生まれ。兵庫県立洲本高等学校、京都大学工学部物理工学科卒業。 ■YouTube動画 何故こんな悲惨な地元から京都大学に彼は行けたのか? |
洲本市 |
| 高田史拓 (ふーみん) |
YouTuber。武田塾講師。 YouTubeチャンネル「wakatteTV」のメンバー。「wakatteTV」は、「高田ふーみん」と「びーやま」による教育痛快バラエティ番組です。 2025年5月15日現在、「wakatteTV」のチャンネル登録者数は64万人です。 兵庫県立明石北高等学校卒業、京都大学経済学部。 |
|
| 冨士木耶奈 |
淡路島出身の釣りガール。YouTuber。 テレビ大阪の「THEフィッシング」出演。2015年、6代目アングラーズアイドル。 「THEフィッシング」の出演者のページを見ると、初めて釣りをしたのは3歳の時。父親と一緒にアジを釣りに行ったのがきっかけだそうです。それ以降、釣りにハマり休みの日には殆ど釣りに出掛けているんだそうです。 Instagram等のプロフィールを見ると「怖いもの知らずの生きる伝説の珍獣」「夢はハリウッドスター」だそうです。 1993年生まれ。 ■YouTube動画 【速報】今の淡路島オカッパリがヤバイ!!! |
|
| 政処裕介 (まろけ) |
YouTuber。 まろけのYouTubeチャンネル「まろけちゃんねる。」は、世界を歩いてみつけた小さな発見や驚きを旅番組としてまとめています。 2025年5月15日現在、「まろけちゃんねる。」のチャンネル登録者数は6万人です。 |
洲本市 |
実業家、政治家、文化人、学者、映画監督、アナウンサー、その他
| おなまえ | 説 明 | 地域 |
|---|---|---|
| 赤阪音七 | 赤阪 音七(あかさか おとしち、1881年~1953年)は船舶用エンジンの開発者。 赤阪鐵工所の創業者。注水式焼玉エンジンの開発・製造に成功。 | 洲本市 |
| 阿曇浜子 | 淡路島野島(現在の淡路市野島)の海人族。阿曇氏の一族。住吉仲皇子の乱で、野島の海人を率い、反乱軍の主力として加わるも失敗。瑞歯別尊勢に敗れ、即日黥(阿曇目)に処されたとされる。 | 淡路市野島 |
| 井植歳男 |
浦村(現在の淡路市浦)出身。三洋電機の創始者。姉のむめのは、松下電器産業(パナソニック)の創設者である松下幸之助の夫人です。 現在、神戸市垂水区のジェームス山には井植記念館が建てられています。三洋電機の歴史とジェームス山の歴史が紹介されているそうです。また、井植記念館を建てた「公益財団法人井植記念会」は、「井植文化賞」を制定しています。 |
淡路市浦 |
| 池本喜三夫 |
農政家。「フランス農村物語」など多数の本を出版されています。また、池田内閣の所得倍増計画では、総理大臣の農政顧問として「農業基本法案」を作成しました。 淡路島生まれです。6歳の時に家族とともに北海道に移住したそうです。国会図書館の資料では兵庫県出身となっています。大阪在住の淡路島出身の会「大阪淡友会」の為に随筆なども書かれています。 |
|
| 一宮政吉 | 一宮 政吉(いちのみや せいきち、1884年 - 1954年)は日本の牧師。救世軍、ホーリネス教会に加わり、東京聖書学院の五教授の一人として活躍した。 | |
| 井出よしの | 井出 よしの(いで よしの、1896年(明治29年)1月1日 - 2009年(平成21年)1月28日)は、兵庫県洲本市在住だった長寿の女性。113歳と27日間まで生き、死亡当時は世界第9位の長寿であり、日本国内では知念カマ、白石チヨ、田鍋友時に次ぐ第4位であった。 | 洲本市 |
| 伊藤春次 |
東京の中央魚類の創業者。 明治33年兵庫県淡路島生まれ。大正13年神戸高商(現神戸大学)を卒業。 「魚市場人伊藤春次伝」が出版されています。水産総合月刊誌「水産界」1248号(昭和64年1月1日発行)の52ページには「新刊紹介」で、次のよう書かれています。 江戸時代から続く日本橋魚市場の伝承を受け継ぐ東京・築地市場。 ここの有力者は日本橋時代から続く”旦那衆ばかり”。 ここに変わり者が参入した。 淡路島の孤島「沼島」出身の一青年が上京して魚問屋を経営した。 それが伊藤春次氏。 彼はやがて卸の単複問題の黒幕となって身を挺し、単一会社を実現した。 戦後は卸複数化にあたって、率先して中央魚類を設立して、東京で一、二を争う2部上場企業に成長させた。 |
南あわじ市沼島 |
| 井上民二 |
農学博士。京都大学生態学研究センター教授。 1997年マレーシアサラワク州ランビルの丘陵地帯(ボルネオ島内)で小型飛行機墜落により逝去。 |
淡路市 |
| 今井いおり |
映画監督、TVディレクター 。 東京ドキュメンタリー映画祭2019でグランプリを受賞した映画「調査屋マオさんの恋文」などを監督する。 |
南あわじ市 |
| 入谷明 |
畜産学者。京都大学名誉教授、近畿大学生物理工学研究科教授。日本学士院会員。 2011年からは若山照彦(世界で初めてクローンマウスを実現した人物。STAP細胞の共著者。)らと絶滅したマンモスをクローン技術で復活される研究に取り組む。 |
南あわじ市 |
| 榎本保郎 | 榎本 保郎(えのもと やすろう、1925年5月5日 - 1977年7月27日)は日本の牧師。アシュラム運動の普及に貢献した。「ちいろば牧師」の愛称で知られる。三浦綾子の「ちいろば先生物語」で広く知られるようになった。 | 南あわじ市神代 |
| 大内義一 |
アメリカ文学者、早稲田大学名誉教授。 1912年1月生まれ。兵庫県立洲本中学校(旧制)、早稲田大学英文科卒業。 |
|
| 大内兵衛 | 大内 兵衛(おおうち ひょうえ、1888年8月29日 - 1980年5月1日)は、大正・昭和期の日本のマルクス経済学者。専攻は財政学。日本学士院会員。 | 南あわじ市松帆 |
| 太田威彦 |
日本毛織社長。日本羊毛紡績会会長。 1891年生まれ。東京大学経済学部卒業。 |
|
| 太田實 |
明治時代の内務官僚、政治家、実業家。 第一回、二回衆議院議員。実業家としては、房総鉄道会社(後のJR木原線、現在のいすみ鉄道)の再建後の初代社長。また、浅草公園水族館などを設立しています。 1858年10月生まれ。 |
淡路市久留麻 |
| 大歳寛 | 元・TDK会長。 | 洲本市 |
| 大槻憲二 | 大正から昭和にかけての心理学者、文芸評論家。日本における精神分析の草分けの一人。フロイトなどの精神分析家の翻訳者としても著名です。 | 洲本市 |
| 大継康高 |
2016年、淡路島を舞台にした映画「あったまら銭湯」を制作、監督する。 |
洲本市 |
| 大西正男 |
東京医科歯科大学名誉教授、WHO短期顧問、インドネシア大学公衆衛生学部、昭和大学歯学部客員教授。専門は口腔細菌学、衛生学。 1981年に出版された「新評 28(2)(国立国会図書館デジタルコレクション)」で、シンガーソングライターのユーミンと対談されています。情緒不安定が虫歯の一番の原因だとか?プロフィールを見ると淡路島生まれだそうです。 1913年生まれ。 |
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| 大西実 | 富士写真フィルム元社長、元会長。 | 南あわじ市 |
| 大村純安 | 江戸時代末期(幕末)の儒学者。1870年(明治3年)に庚午事変で洲本の稲田家襲撃に関与したことにより、同年9月3日に新居水竹、小倉富三郎等とともに徳島市吉野本町の萬福寺にて切腹する。享年21。 | 洲本市 |
| 岡江美希 | 岡江 美希は、日本のニューハーフであり、美容研究家。 | 南あわじ市 |
| 岡田鴨里 |
岡田鴨里(おかだおうり)は、江戸後期から明治時代初期の儒者。 幕末の尊皇攘夷運動に影響を与えた「日本外史」を著した頼山陽(らいさんよう)の弟子。山陽の病没後、師匠の遺志を継ぎ「日本外史補」を著しました。 また、洲本学問所の教授を務め、「高田屋嘉兵衛伝」等を著しています。 |
淡路市 |
| 奥内豊吉 |
実業家。オクウチグループの創業者。 1983年当時、世界最大の高さ100mの世界平和大観音像を淡路島北部の釜口に建立したことで知られる。世界平和大観音像の台座部分の1階が豊清山平和観音寺、上階と地階のほとんどが奥内氏のコレクションからなる博物館となっていました。しかし、夫人の死後の2006年に閉館となっています。 ■YouTube動画 世界平和大観音 空撮 世界平和大観音像は相続人不在により国家管理となり、全国的なニュースになりながら2022年に解体撤去されました。 動画は、YouTubeチャンネルさんにより2014年6月に作成されてものです。 |
|
| 奥野小四郎 | 明治25年衆議院議員。当選2回。淡路紡績を創設。北海道に移住後に帯広町長をつとめた。 | |
| 奥野高廣 | 歴史学者。文学博士。日本の戦国時代史を専門とし、織豊政権研究の水準を高めた。「皇室御経済史の研究」で1945年に帝国学士院恩賜賞を受賞。 | 洲本市 |
| 小野孝太 |
料理人。実家が料理屋の三代目。 2024年10月13日、2代目「淡路市食の観光大使」に就任しました。大阪で経営のお店が、2021年からミシュラン1つ星を3年連続獲得するなど注目されています。 |
淡路市志筑 |
| 鹿島秀麿 |
明治期の政治家、ジャーナリスト、実業家。 近江国水口に医師大村純道の次男として生まれましたが、幕末に徳島藩侍医鹿島家の養子となっています。 神戸の近代化に多大な貢献をしたと言われています。 明治23年7月の第1回衆議院議員総選挙では神戸から当選して国会議員になりました。合計8回当選するなど兵庫県を代表する国会議員になっています。 2024年7月30日(火)から12月1日(日)まで、淡路文化資料館で「館蔵展Ⅰ 鹿島家文書と「嶋之月影」」が開催。 |
洲本市 |
| 賀集益蔵 |
実業家。 大正期、神戸に日本一の年商を誇った総合商社・鈴木商店がありました。昭和2(1927年)の経営破綻時に経理担当として債務整理に活躍します。その後、三菱レイヨン社長、三菱レイヨン会長などを歴任しました。また、日本化学繊維協会会長、経団連常任理事なども務め、勲一等瑞宝章を受章しています。 ピアニストの賀集裕子は娘。 1889年6月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 賀集益蔵については掲示板で「鈴木商店などで活躍された賀集益蔵は淡路島出身みたい」と言う投稿をしました。 |
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| 賀集喜一郎 |
大正時代、神戸の元町に賀集書店(後の海文堂)を開業する。海事大辞書を出版する。 1875年3月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 賀集喜一郎については管理人のページで「海文堂書店」と言う記事にしました。 |
南あわじ市賀集 |
| 賀集新九郎 |
淡路交通の前身である淡路鉄道の初代社長。1960年日活映画「くたばれ愚連隊」では、賀集新九郎邸で映画ロケが行われています。訂正:2025.11.14 賀集家の祖先は、戦国時代末期に広島地方から淡路賀集村に移り住み賀集姓と称しました。その後、本家・分家ともに栄え五家ともに庄屋を務めています。新九郎の祖先は賀集福井の庄屋で、新九郎は九代目です。 1871年1月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 賀集新九郎については管理人のページで「淡路鉄道初代社長 賀集新九郎」と言う記事にしました。 |
南あわじ市賀集 |
| 梶原健司 |
「まごチャンネル」を運営する株式会社チカクの共同創業者、代表取締役。 1976年生まれ。上智大学外国語学部卒業。 ■淡路島情報館 管理人 明石市出身の芥川賞作家の上田岳弘さんとは従兄弟同士だそうです。上田岳弘さんのご両親は淡路島出身です。 |
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| 菅達長 | 戦国時代の武将。淡路十人衆の一人。淡路国猪熊城(現在の淡路市釜口)主。岩屋城の戦いで秀吉軍に敗れた後も抵抗し続けた。降伏後は、漆川梁海戦などで淡路水軍を率いて活躍。 | |
| 経塚幸夫 | 第37回衆議院議員総選挙(1983年)に旧大阪4区で初当選。通算、衆議院議員を2期務める。 | 淡路市 |
| 久住章 |
「カリスマ左官」と呼ばれている左官職人。 1984年兵庫県技能顕功賞、1995年吉岡賞(現新建築賞)、1999年、日本建築学会文化賞受賞。 |
淡路市志筑 |
| 黒田善一郎 |
黒田電気の創業者。 経営コンサルタントの大前研一は、淡路島出身の経営者の一人として黒田善一郎をあげています。 また、1976年に出版された「うずしおに育つ : 福良小学校100年誌(国立国会図書館デジタルコレクション)」によると、大正10年(1921年)の4月に福良小学校に入学し6年生まで在学したそうです。そして、昭和2年に一家が大阪に引っ越したとあります。 福良小学校、大阪府立今宮中学校(現今宮高等学校)卒業。 |
南あわじ市福良 |
| 黒田徳米 |
兵庫県淡路島出身の博物学者、貝類学者。京大で博士号を取得。日本の貝類研究の第一人者。 同じ福良出身で貝類研究家・貝類収集家の平瀬與一郎の弟子にあたります。 日本で初めての貝類総目録を完成させ、日本貝類学会の創設者の一人。 1886年10月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 ずんだもんの動画で平瀬與一郎とともに黒田徳米が紹介されていました。 ずんだもん動画の内容は、「日本では絶滅危惧種のヌマコダキガイが、サンフランシスコ湾では増えすぎて漁業被害になっている」というお話です。 ヌマコダキガイについての説明で、黒田徳米について次のように紹介されています。 ヌマコダキガイの沼とは、汽水域の場所のことを指し、ヌマコダキガイの名前は平瀬の弟子の黒田徳米によって名付けられています。黒田徳米は650種以上の新種を記載し、昭和天皇の貝類コレクションを相模湾産コレクションとして編纂しています。 |
南あわじ市福良 |
| 桑島省三 | 淡路島出身の海軍軍人。海軍中将。日露戦争に従軍。日本海海戦で駆逐艦不知火の艦長を務め、バルチック艦隊の撃破に貢献。 | |
| 小泉哲三 |
1960年代後半に製紙会社(合併後は王子製紙)の社長を務めた実業家。 |
|
| 鴻原正一 | 舞昆のこうはらの創業者。 | |
| 古東領左衛門 | 幕末の淡路の大地主で勤皇の志士。日ごろから勤皇志士達に財政的に援助を惜しまず、天誅組挙兵に際しては私財を全てつぎ込んだ。 | 南あわじ市津井 |
| 小西顕 | 江戸時代後期の徳島藩士。淡路地誌『味地草』の著者。 | |
| 近藤賢二 | 東洋麻糸紡績、朝日スレート、日本カーボン、石綿織機、眞崎大和鉛筆、日の出石綿工業社、横浜耐火煉瓦、横浜帆布などの社長を務める。 | 淡路市 |
| 坂本葵園 | 幕末から明治にかけての儒学者。 著作に「白蓮池館詩鈔」。 | |
| 佐野春五 | 衆議院議員。弁護士。明治41年第10回衆議院議員総選挙に出馬し当選する。 | 淡路市塩田 |
| 佐野助作 | 明治23年第1回総選挙で衆議院議員。当選3回。淡路紡績を創設。 | 淡路市塩田 |
| 志田重男 | 社会運動家。日本共産党(解放戦線)を組織。 | 淡路市 |
| 篠原孫左衛門 | 江戸時代初期に阿波撫養塩田(鳴門市)を開発する。 | 南あわじ市倭文 |
| 鈴木清 | 解剖学者で医師。専門は組織学。元和歌山県立医科大学学長。鈴木氏鍍銀法の発明者。 | 洲本市 |
| 鈴木重胤 | 江戸末期の国学者 | 淡路市仁井 |
| 高木英明 |
情報通信ネットワーク、応用確率過、サービス科学等を専門とする研究者。筑波大学名誉教授。 2018年に待ち行列研究部会論文賞など。 1950年10月生まれ。兵庫県立三原高等学校、東京大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。 |
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| 高田屋嘉兵衛 |
都志本村(現在の洲本市五色町都志)出身の豪商。ロシアとの国交回復に努めた偉人。司馬遼太郎作「菜の花の沖」のモデル。 「たかたやかへえ」です。函館発展の恩人とも言われています。 2025年10月5日、高田屋嘉兵衛が縁で洲本市と函館市は、災害時の相互応援協定を締結しました。協定書には風水害、地震、津波などの被災を想定し、相互に人的、物的、技術的支援に取り組むことを盛り込み、平時から情報交換を密にして防災力向上に努めるそうです。2024年7月には、洲本市と函館市は「高田屋嘉兵衛翁ゆかりの地」相互交流に関する協定を結んでいます。 洲本市五色町都志に高田屋顕彰館・歴史文化資料館、高田屋嘉兵衛公園・ウェルネスパーク五色があります。函館市には高田屋嘉兵衛資料館があります。 1769年2月生まれ。 ■YouTube動画 帆をあげろ!高田屋嘉兵衛 北前船で函館にやって来た男|HBC北海道放送 |
洲本市五色町都志 |
| 高津雅雄 |
安政2年5月、維新の志士・高津例太郎の嫡男として鮎原に生まれました。明治、大正、昭和と3世代にわたり国政・県政、郷土の地方自治にささげました。国会議員を2期務めています。 ■淡路島情報館 管理人 高津雅雄については五色町鮎原の河上神社天満宮の春祭りに行った時に境内の一角に銅像があり知ることとなりました。 |
洲本市五色町鮎原 |
| 高見勝利 | 日本の法学者。上智大学教授。北海道大学名誉教授。専門は憲法。 | |
| 武岡豊太 |
明治から昭和にかけての実業家。神戸の湊川の付け替え工事を完成させるなどして新開地を開発した。西の帝劇と言われる聚楽館の社長も務める。 また、「森田節斎先生の生涯」などを著すなど文筆活動にも務めた。号は楽山。1924(大正13)年紺綬褒章受章。 ■淡路島情報館 管理人 武岡豊太については管理人のページで「武岡豊太翁頌徳碑」と言う記事にしました。 |
南あわじ市北阿万伊賀野 |
| 炬口勝弘 | 将棋カメラマン・ジャーナリスト。 | 洲本市 |
| 立川雲平 | 明治期の政治家。衆議院議員、政友会。島崎藤村作『破戒』の市村弁護士のモデル。 | 南あわじ市賀集 |
| 立木兼善 |
洲本稲田家の家臣。明治維新後、徳島藩から朝廷に出仕し若松県権知事、福島県権知事、若松県権知事、福島県権知事、中野県権知事、長野県権令、福岡県令など歴任。また横浜裁判所長、元老院議官、貴族院議員などにもなっています。 1870年(明治3年)の庚午事変のときは、岩倉具視の内命により調停の為に徳島に滞在しました。 |
淡路市 |
| 田中正平 |
純正調オルガンを発明した日本の音響学・物理学者、鉄道技師。1938年、朝日文化賞。1910年、瑞宝章勲四等。 1862年6月生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。 ■淡路島情報館 管理人 田中正平については管理人のページで「純正調オルガンの発明 田中正平」と言う記事にしました。 |
南あわじ市賀集 |
| 田中晋輔 |
大阪大学名誉教授。関西大学初代工学部長。X線の材料結晶組織の研究に尽力。 1893年8月生まれ。京都大学物理学科卒業。 |
洲本市大野 |
| 田中萬米 |
酪農家、実業家。淡路タマネギ栽培の開拓者。淡陶社(現ダントー)社長も務めた。 1892年4月生まれ。兵庫県立農学校卒業。 |
南あわじ市賀集 |
| 谷内清巌 |
嵯峨大覚寺宗務総長などを務めた仏教学者。真言宗の僧。京大教授。 1868年11月生まれ。 |
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| 為後喜光 | 料理研究家。 | 洲本市 |
| 天毛政吉 |
幕末の漁師。漂流中にアメリカの捕鯨船に助けられ、帰国後、船での経験を活かし、一介の漁師でありながら徳島藩より士分の身分へ取り立てられた。その後、徳島藩の洋式軍艦通済丸の艦長となる。 1831年生まれ。 |
淡路市 |
| 土居光華 |
日本のジャーナリスト、作家、翻訳家、出版人、政治家。衆議院議員。明治27年(1894年)3月、第3回衆議院議員総選挙で三重県第四区から出馬し、衆議院議員に当選。 1847年8月生まれ。 |
南あわじ市広田 |
| 長尾有 | 農民運動家。労農党中央執行委員、共産党入党後、三・一五事件で逮捕。 | 南あわじ市阿万本庄 |
| 中田正一 | 農学博士。NGO風の学校の創設者。 | 淡路市野島 |
| 永田秀次郎 |
明治から昭和にかけて活躍した日本の官僚・政治家。関東大震災では東京市長として復興に尽力。 政治ニュースでたびたび出る「永田町」、 淡路島出身者としては初の大臣になっています。1936年に広田内閣での拓務大臣。1939年に阿部内閣での鉄道大臣。 俳人でもあり号は永田青嵐。長男は元自由民主党衆議院議員の永田亮一。 2020年の夏季オリンピックの開催が東京にきまりましたが、1940年「幻の東京五輪」を誘致した永田秀次郎に注目が集まっているそうです。 |
南あわじ市倭文 |
| 永田亮一 | 元自由民主党の衆議院議員。父は関東大震災では東京市長として復興に尽力した永田秀次郎。 | 南あわじ市倭文 |
| 中谷由平 |
戦前にメキシコへ渡り、国民的なお菓子として愛される「カカワテ・ハポネス」を発明しました。 「カカワテ・ハポネス」とはスペイン語で「日本風ピーナツ」の意味です。ピーナツに小麦粉をまぶして揚げた醤油味のスナック菓子です。 長男は日系人歌手のナカタニ・ヨシオです。新型コロナで2020年5月に亡くなった時、メキシコの大手紙は一斉に「真のサムライ」などと惜しんだといいます。 ■淡路島情報館 管理人 中谷由平、ナカタニ・ヨシオについては掲示板で情報をいただきました。 「戦前にメキシコへ渡った淡路島出身のヨシヘイ・ナカタニ(中谷由平) メキシコの国民的お菓子となる「カカワテ・ハポネス」を発明 子ども達も歌手や芸術家として活躍」。 |
洲本市 |
| 中野主一 |
日本の天文計算家。一時期、アメリカで活動していたこともある。 天体の位置計算、とくに太陽系小天体(彗星・小惑星)の軌道計算を行い、過去に観測された記録との同定を行うことでは、第一人者として知られる。 |
洲本市炬口 |
| 仲野安雄 | 江戸中期の庄屋。淡路地誌『淡路常磐草』の著者。 | |
| 中原延平 |
東燃(現東熱ゼネラル石油)の創業者の一人であり元会長。 また、人材の育成を目的として新日本奨学会を設立。平成16年には奨学金事業を通じて東京大学の発展に寄与したとして東京大学より稷門賞を受賞。 子供の中原伸之(東京出身)も東燃の社長を務め、その後、日本銀行政策委員会審議委員、金融庁顧問など務めています。 1981年には、東亜燃料工業より中原延平伝が出版されています。 1890年5月生まれ。三原高等小学校、兵庫県立洲本中学校、第一高等学校、東京帝国大学卒業。 |
南あわじ市神代 |
| 中村幸彦 |
近世文学研究者。「此ほとり一夜四歌仙評釈」で読売文学賞受賞、朝日賞受賞を受賞。 中村幸彦著述集」(全15巻、中央公論社)などがあります。 |
洲本市 |
| 西川光二郎 | 社会運動家。社会民主党創立者の一人。平民社、日本社会党の創立にも加わる。「東京社会新聞」を発行。 | 淡路市佐野 |
| 野上嘉平 | 政治家、実業家。1902年(明治35年)の第7回衆議院議員総選挙にて初当選(連続3期)。また、淡路銀行頭取、淡路製陶社長、福良汽船・淡路製紙各取締役などを歴任。淡路民報を発刊。 | 南あわじ市賀集 |
| 野口三次 |
パチスロメーカー・パイオニアの創業者。 鳴門タクシー社長の野口公良とは兄弟。 パチスロ黎明期において普及に尽力、日電協の創設にも大いに貢献しました。 高知大学卒業。 |
南あわじ市 |
| 畑崎広敏 | アパレル大手ワールドの創業者。 | 洲本市五色町鮎原 |
| 浜田駿吉 | 衆議院議員。実業家。ホッケー選手。1894年の第4回衆議院議員総選挙で当選。オーエム製作所の会長、大和紡績の常務などを務める。 1932年のロサンゼルスオリンピックではホッケー選手(ゴールキーパー)として出場し銀メダルを獲得。ただし、出場国は3か国のみ。 |
南あわじ市松帆 |
| 原健三郎 | 政治家。衆議院議員当選20回。労働大臣、衆議院議長などを歴任。明石海峡大橋を実現に導きました。 | 淡路市浅野 |
| 反正天皇 | 第18代の天皇。淡路宮で生まれたとされる。 反正天皇(はんぜいてんのう、仁徳天皇24年(336年)? - 反正天皇5年1月23日(410年2月12日))は、第18代天皇(在位:反正天皇元年1月2日(406年2月3日) - 同5年1月23日(410年2月12日))。多遅比瑞歯別尊(たじひのみずはわけのみこと)・水歯別命(古事記)。『宋書』・『梁書』に記される「倭の五王」中の倭王珍(彌)である可能性が高い。 |
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| 坂東舜一 |
日本の航空実業家。 戦前は、日本の航空界の先駆者の一人とも言われています。川西航空専務、日本輸送飛行機専務などを歴任。日本工芸工業社長。 1892年6月生まれ。慶應義塾大学部理財科卒業。 |
洲本市五色町 |
| 坂東秀太郎 |
北海道議会の元議長。 ■淡路島情報館 管理人 「益習の集い公式HP」さんの記事によれば南あわじ市北阿万出身の方のようです。 北海道議会のHPを見てみると議長としての在職期間が昭和14年11月から11年余りと北海道議会歴代最長となっています。 また、「日高町地域活性化協議会」さんの記事(リンク切れ)によれば、日高地域の発展に寄与し、その功績を後世に伝えるべく昭和33年に建立された「坂東秀太郎氏彰徳碑」が日高町にあるようです。彰徳碑には当時の首相(岸信介)の名も刻まれています。 |
南あわじ市北阿万 |
| 樋口季一郎 |
阿万村(現在の南あわじ市阿万上町)生まれ。日本陸軍の軍人。ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人を助けました。日本のシンドラー。 2022年に淡路市の伊弉諾(いざなぎ)神宮に樋口季一郎の銅像が立てられました。命日に当たる2022年10月11日には除幕式が行われています。 |
南あわじ市阿万上町 |
| 日田重太郎 |
石油王と呼ばれた出光興産の出光佐三の起業を援助しました。 2013年本屋大賞の小説「海賊とよばれた男」で出光佐三を支えた人物として脚光をあびました。 重太郎は、代々が大地主で士族であった三原郡松帆村(現在の南あわじ市松帆)の高田家の五男として生まれました。16歳の時、仮屋(現在の淡路市仮屋)で同じく代々が地主で資産家であった日田家に養子に入りました。そして、仮屋の町会議員や助役を務めています。 |
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| 平瀬與一郎 |
明治・大正期に活躍した日本の民間の貝類研究家、貝類収集家、博物家。私財を投じて、「平瀬貝類博物館」を開館しました。 同じ福良出身で貝類学者の黒田徳米を育てたことも大きな功績と言われています。 長男の平瀬信太郎も貝類学者で、本邦初の本格的貝類図鑑である「原色日本貝類図鑑」を著わしています。 1859年12月生まれ。 ■淡路島情報館 管理人 ずんだもんの動画で黒田徳米とともに平瀬與一郎が紹介されていました。 ずんだもん動画の内容は、日本では絶滅危惧種のヌマコダキガイが、サンフランシスコ湾では増えすぎて漁業被害になっているというお話です。 ヌマコダキガイについての説明で、平瀬與一郎について次のように紹介されています。 コダキガイと言う名称は、明治時代に私財を投じて貝類博物館を作ったり、8000以上の貝の標本をコレクションして海外の研究者にも納品したという日本貝類学の先駆者である平瀬與一郎によって名付けられました。 |
南あわじ市福良 |
| 平瀬信太郎 |
貝類学者で、本邦初の本格的貝類図鑑である「原色日本貝類図鑑」(通称”平瀬図鑑”)を著わした。 1884年2月生まれ。 |
南あわじ市福良 |
| 広岡宇一郎 | 大正4年(1915年)、第12回衆議院議員総選挙に立憲政友会から出馬し当選。政友会の幹事長を務める。田中義一内閣では逓信政務次官を務めました。 | 南あわじ市市村 |
| 藤井乙男 | 藤井 乙男(ふじい おとお、慶応4年7月16日(1868年9月2日) - 昭和21年(1946年)1月17日)は、国文学者、俳人。号は紫影。兵庫県洲本町(淡路島)生まれ。近世文学研究の基礎を作った。著作集全9巻がある。京大の初代文学部教授。 | 洲本市 |
| 藤江章夫 | 明治から大正にかけての実業家。淡路紡績を創立。後に石原産業に合併されることになる大阪アルカリを設立。 | 南あわじ市広田 |
| 藤岡勇貴 |
サンテレビのキャスター。元青森朝日放送のアナウンサー。 1984年7月生まれ。大阪市立大学卒業。 |
洲本市 |
| 船越景直 |
戦国時代の武将、茶人。淡路十人衆の一人。淡路国庄田城(現在の南あわじ市倭文)城主。後に江戸幕府の旗本。 庄田城城主から、後に信長、秀吉に仕え、最終的には家康の元で旗本になりました。秀吉に仕えているときは「賤ヶ岳の戦い」「小牧・長久手の戦い」「小田原征伐」「文禄の役」に従軍。「秀次事件」で秀吉の元を離れましたが、秀吉の死後には家康の元で「関ヶ原の戦い」に従軍したそうです。 茶人としても知られ、千利休に師事。後に週刊モーニングの人気漫画「へうげもの」の主人公で知られる古田織部にも師事したそうです。 |
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| 布袋敏博 | 早稲田大学教授。 | 洲本市 |
| 正本順三 |
高分子科学者。ポリアセタール樹脂の革新的な製造技術を開発した研究開発者と知られる。日本化学会フェロー・高分子学会フェロー。2006年の春には紫綬褒章を受賞しています。 ■淡路島情報館 管理人 紫綬褒章とは学術、芸術、スポーツ分野の功労者に授与されるものです。年に春と秋の2回あり、伝達式では皇居で天皇に拝謁する模様がテレビのニュースで紹介されるやつですね~ |
淡路市 |
| 松下むめの |
松下電器創業者の松下幸之助の夫人。三洋電機創業者の井植歳男の姉。NHK土曜ドラマで松下むめのを主人公とした「神様の女房」が2011年10月に放送される。 1896年3月生まれ。 |
淡路市浦 |
| 松本正義 | 住友電工会長。関西経済連合会会長。 | 洲本市 |
| 三木善八 |
淡路島で淡路新聞の新聞作りにかかわったあと報知新聞社に入社します。社主となり、新聞名を「報知新聞」と改めました。同紙を東京屈指の有力紙に育てます。新聞経営の神様、新聞界の四巨頭などと呼ばれました。 1857年12月生まれ。 |
洲本市上物部 |
| 三島徳七 |
治金学者。東京大学名誉教授。MK鋼の発明者。文化功労者、勲一等旭日大綬章受章。特許庁にて「日本の十大発明家」に選定される。 1893年2月生まれ。東京帝国大学卒業。 |
洲本市五色町広石 |
| 三田昇馬 |
洲本稲田家の家臣。1863(文久3年)の天誅組に参加し徳島藩禁錮に処せられるが朝廷の命により解放される。 1870年(明治3年)の庚午事変のときは、徳島本藩からの独立を主張するなどした洲本稲田家側の中心人物の一人。 その後、司法省に入り各地で裁判所長など歴任、控訴院長まで昇進。また、貴族院議員にもなっています。 |
洲本市 |
| 実生すぎ | 大正から昭和にかけての教育者。 兵庫県教育委員、梅花学園長などを務める。 | |
| 宮本一三 | 一橋大学経済学部を卒業後に大蔵省入省。 平成5年、衆議員議員当選。 | 南あわじ市 |
| 八尾善四郎 |
明治時代後期、兵庫運河を完成させるなど神戸の発展に寄与した実業家です。 善四郎は岩屋生まれで、5歳の時に神戸市長田区西尻池の八尾家に養子になっています。 そして、1919年に建てられた彼の銅像が第二次世界大戦中の金属供出令の適用を免れ、今も長田区東尻池新町に立っているそうです。 |
淡路市岩屋 |
| 安田喜代門 | 戦後、大東文化大学教授、二松学舎大学教授などを務めた国語学者。 | 洲本市鮎原西 |
| 柳壮一 | 北海道大学名誉教授、日本外科学会会長、正三位勲二等。 | 洲本市 |
| 山口春吉 | 神戸にて港湾業界を取り仕切った実業家。その後、暴力団山口組を結成し初代組長になる。 | 淡路市 |
| 山田啓二 | 山田 啓二(やまだ けいじ、1954年4月5日 - )は日本の政治家(京都府知事、全国知事会会長)兵庫県洲本市出身、のち兵庫県伊丹市、東京都杉並区と移住。 | 洲本市 |
| 山野音吉、山野鶴松 |
wikipedia「沼島」によれば、明治時代末から大正時代にかけて下関を中心に活動し日本有数の水産会社であった山神組は、沼島出身の山野音吉、鶴松親子と大阪にあった神平商店が共同出資し作った会社なんだそうです。 山神組は後に「日本水産株式会社」(現・ニッスイ)へ発展していきます。 |
南あわじ市沼島 |
| 山本広 | 暴力団組織一和会会長、三代目山口組組長代行。 | 洲本市五色町都志 |
| 由井大三郎 | ニッカウヰスキー元社長。 | |
| 吉益俊次 | 東京控訴院検事長を務めた。陸軍機密費横領問題、シーメンス事件など大正政治史に関わる大事件を扱った。 | 洲本市由良 |
| 寄神美好 | 実業家、発明家。寄神建設の創業者。港湾工事事業の開拓者。平成5年11月に藍綬褒章受章。 | 淡路市仮屋 |
| 若宮清 | ジャーナリスト。太平洋経済研究所東京所長。 | 洲本市 |
| 渡辺月石 | 江戸時代の文人。淡路地誌『堅盤草』の著者。 | 洲本市由良町内田 |
| 綿貫佐民 |
淡路島の南家(楠木正成の末裔とされる)出身。政治家、実業家。トナミ運輸(砺波運輸)創業者。 慶應義塾大学を卒業後日本電力に入社。富山県の小牧ダム建設を通して綿貫栄と知り合い長女と結婚。富山県会議員を経て衆議院議員に当選。 長男は衆議院議員、国民新党初代代表の綿貫民輔。兄は衆議院議員、海軍軍人、弁護士の南鉄太郎です。 また、昭和6年出版の「淡路之誇 : 御大礼紀念 下巻(国立国会図書館デジタルコレクション)」には、「大正五年撫養中学、同十年慶應大学理財科を卒業後、日本電力会社に入社。現在は同社及庄川水電各主事、北陸タイムス、金沢新報各社理事、丸和絹織大牧温泉各社長、加越鉄道、中越製材、組山温泉、湯谷温泉各取締という事業家で活動家~」などとあります。 1896年4月生まれ。撫養中学校、慶應義塾大学部理財科卒業。 |
南あわじ市賀集 |

