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[85] 淡路國の水産物を動物学会誌に投稿した渡辺盈作
日時: 2024/06/30 18:19
名前: エリスリナ・ガル ID:4ZP/OX72 メールを送信する

明治初期の津名郡洲本馬塲町に在住し、新選組の洋式銃砲隊?に参加した記録がある遊佐万之助の縁者関係者だと思われる、遊佐盈作(渡辺)が『淡路國岩浦で採取した魚類と軟体動物』について、動物学会誌に報告しています。
なお、渡辺盈作は体操のテキストや理科事典なども出版した理科教師ですが、何と、小泉八雲の松江時代の同僚でもありました❗
メンテ

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江戸末期の江戸で生まれ、東京育ちの盈作は? ( No.14 )
日時: 2024/08/09 19:34
名前: エリスリナ・ガル ID:.6FpVqgQ メールを送信する

お盆も近い事ですから、盈作の出生地と出身地に付いて少し触れておきます。トコロが、盈作の両親が不明と言うか、出自が判っておりません。盈作が大阪府の八尾中学でしたか、市岡中学に提出したとされる自筆の履歴書には徳島藩士で、江戸屋敷で生まれ、玉藻学校に通い、創設されたばかりの農学修学所で獣医科で学んだと、ホシザキ野生生物研究所報告で井山明・野津幸夫両氏の詳細な年譜が整理されていますが、遊佐万之助が同居人として、淡路島の洲本十八番屋敷とだけ一番最初に記載されているのが、唯一の手掛かりとなっています。
賀集九平の様に、日高町史?のような詳しい資料は今のところ見つかっていません。江戸時代に江戸で生まれ、十四、五歳まで過ごしたのなら東京の出身と見なすべきでしょうが、盈作は徳島藩士の子息ですから、徳島県(藩)の出身と自認している様です。厄介な事に、淡路島の洲本では明治3年の五月に稲田騒動、庚午事変が起きていますし、翌年には廃藩置県により、徳島県となる訳ですが、この庚午事変が元で、徳島県から名東県を経て淡路島は、最終的に兵庫県に移管されて、しまうことは、皆さんご存知の、コトでしょうから、敢えて詳しい説明は不要でしょう。
しかし、県名が変わり、生活の場は江戸から東京と変わりましたが、一体全体、出身地は?何処になるのか、と言う問題が提起されそうです。
メンテ

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