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[92] 大谷は洲本中学から教師の道を
日時: 2024/09/08 00:48
名前: エリスリナ・ガル ID:jZT8uexc メールを送信する

高田方壺・近蔵を調べようとしていたら、何と、ハーンの一番弟子の大谷が教師の第一歩を淡路島の洲本から印していた、様です。

 大谷正信の一番弟子が後の、高田蝶衣らしいと、兵庫県大事典に掲載されておりました。なお、詳しくは、No.85の渡辺えい作のNo.5辺りをご覧になると、八雲、子規、漱石とまた、京都や仙台での学友・友人として高浜虚子や河東碧梧桐がおりますし、子規の養子となった忠次郎は中原中也とも…
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一茶の四季扇面屏風の存在が判明 ( No.16 )
日時: 2025/01/08 18:20
名前: エリスリナ・ガル ID:MxogsUlw

暮から気になっていた、高田近蔵(方壺)は、何とか、備前国日比村の観世丸水主金蔵と、思って間違い無いかと。
再度、長野の一茶記念館や県立長野図書館で確認したい、と思います。

と、言うのは、平成七年五月に株おうふうから出版された、一茶事典の505ページ、研究文献目録の中に、アット@@@驚きの、記載が出現

何と、『複製・一茶翁四季扇面屏風』
[発行] 平成二年(1990)刊 郷土出版社
[内容] 一茶自筆俳画入りの扇面四枚 (原寸多色複製)を貼った屏風。
別冊に「作品紹介」(矢羽勝幸)と、有ります。

モチロン、複製ですし、現物を確認した訳では有りませんが、一茶の真筆であれば、高田金蔵が一茶に金一歩を添えて依頼した、句の可能性がないとは言えないでしょう。或いは、同様の屏風を見付けて金蔵が嘉兵衛の為に依頼したとか、一茶が控えとか、類似の四季扇面屏風を多数作成していたと、シテも、ソレはソレとして、復刻の元の所在と、屏風に書かれた俳句は、何であるかが判明すれば、
良いと、思います。
メンテ

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