エヴァペロンのアメリカデイゴは ( No.26 ) |
- 日時: 2026/01/09 07:14
- 名前: エリスリナ&ガル ID:I4KLVHXI
- 年末から、閲覧者の動きをみていましたら、中国新聞に
この賀集九平と宮地勝夫の話、アルゼンチン大統領夫人、エヴァペロンとアメリカデイゴの閲覧者が一万人を越えて仕舞いました。元々、広島の平和大通りに植えられたアルゼンチンの国花、セイボ、どの様にしてヒロシマにやってきたのか?が、長い間の疑問でした。その、答えを導いてくれたのが、この淡路島情報館でした。
ところが、ひとつ厄介な問題と言うか、危惧が1月の4日中国新聞に掲載されておりました。
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/767497
この記事は、広島市の平和大使の相川さんからアルゼンチンから配信しされた記事です。 何処で、どう間違えたのか、アメリカデイゴが広島市に贈られたのは、昭和20年代の前半だと、有ります。しかし、コレまでの経緯からは、エビータから昭和28年に贈られたと伝わってきた、伝説は、明らかに、昭和26年の広島市にアルゼンチン公園をと、言う亜国日報、宮地勝夫社長から中国新聞社を通じて広島市に贈られた40種のタネであっことは、明白でしょう。
その謎、エビータが贈られたとされる昭和28年には、既に亡くなっいたと、言う事実からも、恐らく、元記事、引用先の28年が26年の誤植であると、考えられるとして来ましたから、チョット残念な気がしています。
訂正、昭和20年代前半の表記は、1950年代前半と勘違いしておりました。 終戦が1945年、1950年代はと言うと、昭和25年から昭和29年の間には間違い有りませんが、和 中国新聞社が受け取った写真付きの記事を読む限り、コチラの日時を採用するが、注釈を入れるなど、〇〇の記録も有ります。と、混乱を避ける表現が有っても良いと、思われます。
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