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[84] 賀集九平と宮地勝夫(亜国日報編集者)
日時: 2024/06/27 21:40
名前: エリスリナ・ガル ID:EMmTWTRg メールを送信する

淡路島出身の宮地勝夫(亜国日報編集員)アルゼンチンからの古い記事を見つけました。昭和26年4月8日と4月13日、10月2日(3日・夕)のアルゼンチン公園と種子400種を広島市に手渡した。とありました❗北海道生まれのアルゼンチン移住者で園芸技術者である賀集九平は何か、繋が有るような気がします。何故か、と言いますと、広島市の記録には平和大通りに植えられたアメリカデイゴとアメリカサイカチはペロン大統領夫人、エヴァ・ペロン(エビータ)から贈られたとされていますから❗アルゼンチン国花とされているセルボ(エリスリナ)の種を大統領官邸の木から宮地勝夫を通じて中国新聞社に託した様です。その、アメリカサイカチの大木が日曜日に倒れたと、報道されておりましたから。
メンテ

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ビミョウでは、有りますが可能性は? ( No.30 )
日時: 2024/07/21 13:57
名前: エリスリナ・ガル ID:eqWkniYU メールを送信する

ビミョウと、云えば微妙かも知れませんが、戦後の食料難の時代外地から引き揚げて来る家族に開拓団地を斡旋したり、海外移住者の続きを担当していた拓殖課が各県にもあったのでは、ないかと思います。移住希望者を募ったり、各市町村からの取り纏めも村役場で行っていたなら、南あわじ市、当時の淡南町でも、送り出した家族や人数は把握しているなら、実際にアルゼンチン拓殖共同組合を通じて渡航者いたなら、昭和37年までの10年間の数字は記録に残っているのでは。
花卉栽培に従事するというだけでなく、淡路島側との花卉園芸技術の交流なり、渡航者に当時から農事試験場があったか判りませんが、事前に研修とかを兵庫県内の試験場で行ったり、と。現在の八木地区に淡路支所を誘致してたりも考えてみる必要が、アルカモ知れませんょ。
メンテ

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