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[91] 賀集九平も三平の話は終わりそうなので
日時: 2024/09/06 06:27
名前: エリスリナ・ガル ID:z0/vWFRY メールを送信する

 余談の余談が長くなりすぎて、閲覧者も管理者も少し混乱されているようなので、項を改めてしばらく続けたいと、思います。
 切っ掛けは、渡辺えい作の同僚として小泉八雲の話から怪談の十六日桜を紹介しました。また、えい作は平瀬与一郎とも縁が、有りそうだと最近気付きましたので、平行して、先日書き込みしています。
 そして、『怪談』の中の「乳母(姥)桜と十六日桜」は実在する、実在した桜として信州の俳人、小林一茶が訪れて逗留したのが、松山近郊の伊予松前(町)
造り酒屋、庄屋をつとめていた樗堂の所でした。
 2回も伊予松山の十六日桜を見る為?だけで旅をした訳ではないとは思いますか、一茶の残した日記を紐解けば良いのですがここでは、スルーします。
 ところで、信州から四国安行の旅なら淡路島も通過しているハズと想像して、探して見ますと、一茶事典にあわぢ島を詠んだ句が幾つか紹介されておりました。また、淡路の高田方壺(近蔵)から、金一歩を添えた揮毫の依頼の手紙が送られ来た、と詳しい説明は有りませんが、何らかの繋がりは有った事は窺えました。
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賀集アンヘル潔がペロン大統領秘書官になった経緯 ( No.33 )
日時: 2025/09/10 12:33
名前: エリスリナ&◆Nesbw8fpu2 ID:Ix3BEVUs メールを送信する

コチラも、仰天のエピソードです。
アルゼンチン日本人移民史、第二巻、戦後史の415ページの下から5行目、第3節 二世たちのあゆみ から
彼(兄アンヘル潔)は保守系の政党の人とつき合っていたが、戦後初の日本船、高栄丸の船員の歓迎会をした時、誰が通訳するかで困っていた。日本語をスペイン語に訳してペロン大統領に伝える人は誰もいなかった。それで、父(九平)に兄を説得してくれ、ということになった。初めは断っていたが、結局引き受けた。翌日、ペロンから呼び出しが来て、結局、「お前が必要だ、秘書官になってくれ。任命する政令はもう出来ている」、とペロンから言われた。

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