賀集生子に九平の相続した土地があったのかも ( No.35 ) |
- 日時: 2025/09/17 17:07
- 名前: エリスリナ&ガル ID:zUDJQ6Ms
- No.34の近藤廉平関係文書目録中の、賀集與三郎宛の文書は、
41/173コマのNo.479に有りました。 1.近藤廉平関係文書 1ー 2ー発信書簡 資料番号(477〜582)の、 479ですからかなり、若い次期の文書の様です。
トコロで、與三郎の生まれが賀集生子と言うことから、少しばかり、 納得したコトが有ります。
ソレは、九平の出身地が西淡町とされた原因と言うか、地番が 恐らく父親の生まれた、戸籍地ダロウと思います。 それで、なぜ、父親の出生地が九平の出身地とされた理由、訳は、 以前話題になった、大日ダムや河川改修、或いは、国道の拡幅とか、 公共事業で與三郎やその両親の所有地や共有地などか、関係してい たのでは、無いかと言う疑義、疑問が有りました。 開拓功績録には、與三郎の両親も北海道に呼び寄せしていることから、 昭和32年には、民法の改正により相続財産が分割されることになりま したから、もしかしたら、九平の持ち分とかがわ残されたりしていた 可能性が有りましたから、
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