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[88] 賀集三平の足跡と万国博覧会
日時: 2024/08/08 23:08
名前: エリスリナ・ガル ID:S7YrlIJQ メールを送信する


賀集三平について、コチラで少しばかり話を進めたいと、思います。内容は徳島藩の官窯を引き継いだ三平が淡陶社の設立まで、何をしていたのか?をメインに、主軸に、ウィーン万国博覧会からニューオリンズ博覧会まで、ちょうど明治17年と時期的には同調していますが、その後は良く判りませんが、明治28年に東京諸営業員員録かな一名、買い物手引きに同名の三平の名前が登場しますから、この辺を話題にしたいと、考えています。
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買物手引きの三平は矢張り同一人物でしょうか ( No.35 )
日時: 2025/12/01 08:53
名前: エリスリナ&ガル ID:xgRQ.7ow メールを送信する

幾ら探しても、a平焼を引き継いだ三平と買物手引きを編集·発売元となった賀集三平に付いて、
同一人物であるか、確証が得られません。
で、奥の手をAIで、聞いてみたら、アッサリ、同一人物だと回答が有りました。

ご要望の通り、賀集三平がa平焼の継承者であり**『東京諸営業員録』の発行者**であるという両面を、同一人物の経歴として具体的に結びつける資料についてご案内します。
以下の資料は、賀集三平がa平焼創始者・賀集a平の甥として窯を継ぎ(淡路島での陶業)、その上で淡陶社を設立・経営した人物であることを明確に示しています。
1. 公的な所蔵品情報(東京国立博物館などの解説)
賀集三平の陶芸作品が所蔵・公開されている機関の解説文が、彼の身元を明確に示しています。
* 資料例: 東京国立博物館所蔵の**「三彩牡丹文皿」**などの解説。
* 具体的な記述(抜粋):
> 賀集三平(かしゅうさんぺい)は、a平(みんぺい)焼(兵庫県淡路)の創始者である賀集a平(1796〜1871)の甥にあたり、幼い頃から伯父のもとで陶業を学んで窯を継いだ。(ColBase - 文化遺産オンライン、東京国立博物館)
>
これは、賀集三平が淡路島でa平焼を継承した人物であるという事実を確立しています。
2. 淡陶社(DANTO)の沿革に関する資料
淡陶社の前身である淡陶社を創立した人物が賀集三平であることは、同社の沿革資料で示されています。
* 資料例: 淡陶社の社史やタイルの歴史に関する文献。
* 具体的な記述(抜粋):
> 「a平焼」を継承して、欅田善九郎ほか(※賀集三平らが中心)が明治18(1885)年8月に**「淡陶社」を設立**しました。「淡陶社」はダントータイルの前身となる会社です。(ダントー公式ブログなど)
>
3. 『東京諸営業員録』の編纂・発行者情報
前述の通り、国立国会図書館の資料情報によって、この書籍の編纂・発行者が「賀集三平」であることが客観的に確認されています。
* 資料名: 『東京諸営業員録 : 一名・買物手引』
* 編者・発行者: 賀集三平(明治27年/1894年発行)
【結論としての同一性】
これらの資料を総合すると、以下の事実が判明します。
* 淡路島のa平焼を継いだ人物は「賀集三平」である。
* 淡陶社の創設者の一人であり、同社を株式会社化させた人物は「賀集三平」である。
* 『東京諸営業員録』を編纂・発行した人物は「賀集三平」である。
明治時代の実業家名鑑や商業史の研究においては、賀集三平を、淡路島で伝統窯業を近代化(淡陶社設立)しつつ、東京で出版事業(買物手引)や商業活動(濃茶社設立)を展開した、進取の気性に富んだ一人の実業家として扱っています。
彼が、陶業の本拠地である淡路島から離れた東京で、自身の名義で商業名簿を出版したという事実自体が、彼が陶工と東京進出の実業家の両方を兼ねていたことの動かぬ証拠となります。

でも、何か怪しいと言うか、賀集三平の研究者とか、明治時代の商業史に、登場していないものかと、まだ、疑問が残りました。

再度、問いかけると

『東京町名明細集』の一手発売元である**賀集三平(かしゅう さんぺい)**について、複数の情報源から確認できる点は以下の通りです。
賀集三平の役割と本業
1. 『東京町名明細集』における役割
賀集三平は、渡辺清太郎が編集・発行した『東京町名明細集 訂正版』(明治30年刊行)において、**「一手販売」**を担当していました。
* 一手販売元:本の流通・販売を一手に引き受ける役割です。
* 編集補助?:一部の古書情報では、「賀集三平編輯補助」と記載されているものもありますが、主な役割は販売であったと見られます。
* 序文:本書には、渡辺清太郎氏の緒言の他に、賀集三平氏による序文(まえがき)も付されており、そこで彼は本書の調査方法(内務省・東京府の町名簿による校正や、日本橋からの距離の測量など)について解説しています。これは、彼が単なる販売だけでなく、本書の内容や価値について深く関与していたことを示唆しています。
2. 本業(陶芸家)としての賀集三平
『東京町名明細集』の販売とは別に、賀集三平という名前は、幕末から明治にかけての陶芸家として広く知られています。
* 陶芸家:兵庫県淡路で焼かれていた**a平焼(みんぺい-やき)の創始者である賀集a平(かしゅう みんぺい)**の甥にあたります。
* 窯を継ぐ:幼い頃から伯父のa平のもとで陶業を学び、後にその窯を継いでいます。
* 作品:鮮やかな**三彩(緑・黄・白)**を用いた作品を制作し、第二回内国勧業博覧会にも出品するなど、高い評価を得ていました。
『東京町名明細集』の販売元としての賀集三平と、この陶芸家としての賀集三平が同一人物であるかは断定できませんが、当時の名鑑や資料では、両者が結びつけられることが多くあります。陶芸の家業を持つ人物が、副業や関連事業として書籍の販売に関わるケースも存在しました。
賀集三平について、さらに陶芸家としての活動や、出版販売に関わった他の事柄について調べてみましょうか?

また、ご指摘の通り、『東京町名明細集』の以前にも、渡辺清太郎氏の関連人物が同様の商業名簿・手引書を出版していました。
しかし、確認された文献情報によると、『東京諸営業員録 : 一名・買物手引』の編者として名前が挙がっているのは、渡辺清太郎氏ではなく、前回の回答でも登場した賀集三平氏です。
渡辺清太郎氏の関連出版物
1. 『東京諸営業員録 : 一名・買物手引』
* 編者: 賀集三平
* 出版者: 賀集三平
* 内容: 明治期の東京における各種の営業員(商店や業者)を一覧にした、いわゆる商業名鑑や買物手引書です。
* 注目点: 『東京町名明細集』で一手販売元を務めた賀集三平氏が、その以前に編者兼出版者として同種の商業名簿を出版していたことが分かります。これは、賀集三平氏が東京での出版・流通事業に深く関わっていたこと、そして後に『東京町名明細集』の販売を引き受ける基盤があったことを示しています。
2. 『東京町名明細集』
* 編集・発行者: 渡辺清太郎
* 一手販売元: 賀集三平
商業名簿と地図の関連
渡辺清太郎氏(銅版彫刻師)と賀集三平氏(出版・販売業)は、地図や地名簿、そして営業員録といった**「東京の情報を体系化した実用書」**という共通の分野で協力関係にあったことが明確に分かります。
これは、明治時代の急速な都市発展の中で、正確な地理情報(渡辺氏の専門)と商業情報(賀集氏の専門分野の一つ)のニーズが高まっていたことを背景としています。

と、時代背景や商業発達経緯などから、確かなエビデンスは
まだ、見つかっていませんが、ありそうな気がします。
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