a平傳と江戸末期の諸国産物帳、阿波・淡路島編から ( No.4 ) |
- 日時: 2024/08/13 14:54
- 名前: エリスリナ・ガル ID:rm3JYEgA
- なかなか、一筋縄と言うか、a平傳は国会図書館のリサーチでは、表示・リンク出来たのに、本編・本文は未だに行方知らず、エビデンスに迫れません。残念ながら、。そこで、能勢敬三の記した伝記の中の2点、に付いて少し触れたいと、思います。まず、a平は苦労して各地から陶工を招いて作陶の技法や技術、また、釉薬を研究したとありました。更に、事業の発展を願い、幕末の一年か、年代はふめいですが、江戸屋敷で過ごした様ですね。
だと、したら、江戸詰めの学問所か藩の仕事をしていた渡辺盈作の父親とは面識がら有ったのではないか、と。勿論武士と平民のa平では、住まい(上屋敷・下屋敷)も、職場も違ってはいたと、思いますが、作陶・陶芸家と商売人と言うか、藩の殖産興業に於いては、藩政の重要な位置を占めていた筈ですから。阿波の藍や産米と同様に、重視されていたコトが伺えます。また、a平は諸外国の焼き物や工芸品にも関心を持っていた様にも、思われますが、確実な事は判りませんが、徳島藩、は早くから、蘭学と共に英学の学校を開いたり、藩主が城に招いたのはオールコックだったのか?、明治の時代早々に英国に留学したいと、耳打ちしたとかも、話としては伝わっている様ですから。もう一つ加えるならば、幕末にはもう、徳島藩が英国製の艦船かな、蒸気船を購入していたとも、何処かに出でいました。 本題は、阿波・淡路島の産物帳と高鋭一との事なのですが、長くなりましたので、今回は、此処まで。
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