賀集家の事が書かれた書籍「淡路文化史料館収蔵史料目録 第16集」がありました ( No.46 ) |
- 日時: 2025/11/15 01:31
- 名前: 管理人 ID:w9ynIzA2
- 淡路鉄道の初代社長の賀集新九郎について大きな誤解をしていました。

うすうす変だなと思いながら、この「掲示板」や「淡路島出身有名人」のページを見ていた方も多いかもしれません。
たいへん、失礼しました。 10年以上たって気づくとはーーー 
訂正いたします。
淡路鉄道の賀集新九郎は、淡路焼の賀集a平の子孫だとばかり思っていました。 同じ賀集一族かもしれませんが、よくわからない。
賀集a平は北阿万伊賀野生まれで淡路焼を始めました。そして、淡路焼はタイルのダントーに繋がっていきます。
しかし、淡路鉄道の賀集新九郎は資産家であった賀集一族のお一人だと言う事です。 賀集新九郎の賀集家の祖先は、戦国時代末期に広島地方から淡路島賀集村に移り住み賀集姓と称しました。 その後、本家・分家ともに栄え五家ともに庄屋を務めています。 賀集新九郎は、五家の一つ賀集福井の庄屋の子孫であり10代目です。 当時、賀集新九郎は分家でありながら淡路島一の資産家であったようです。 (中原延平伝では九代目となっています。中原延平は、神代出身で東燃の創業者です。賀集新九郎が学費を出資したそうです。)
賀集五家の一つに伊賀野もあります。現在は北阿万伊賀野で、賀集a平の出身村でもあります。賀集a平も伊賀野村の庄屋の家に1796年に生まれています。しかしながら、賀集五家との関係もよくわからない。 とにかく賀集本家は賀集鍛冶屋であり、伊賀野は分家です。 下記の本「淡路文化史料館収蔵史料目録 第16集」に賀集a平はでてきていないようです。 ちょっと、この辺、再調査したいと思いますが・・・
国立国会図書館デジタルコレクションで「淡路文化史料館収蔵史料目録 第16集」を見る事ができます。
この本は、賀集家の関係者の方が洲本市立淡路文化資料館に寄贈した賀集本家、分家に残る庄屋文書などを1999年に出版したものです。
本には、賀集本家の歴史、福井家の歴史が書かれた部分があります。
とりあえず、一部転記します。 あとは、全体を読み直したうえで、近日中にまとめれば良いかなと思います。ただ、寄贈されたものとはいえ、個人情報については気を付けれればと思います。
賀集本家の歴史 南淡町賀集・鍛冶屋村の庄屋を代々務めてきた賀集家は、野田村・西山中村・福井村・伊賀野村の庄屋の本家であり、その他にも有力な分家を持つ、当地の代表的な家柄である。 賀集家の源流は備後国三喜郡の有力な国侍で尼子氏に与していたが永禄初頭毛利氏に敗れ、淡路に落のび、淡路の賀集庄に来り、鍛冶屋村に館を作り、近隣を開拓して住みついたと云い伝えられているが、確固たる証がないので、現存の最古の文書、即ち慶長年間から庄屋職を務めた頃から考えるのが妥当だろう。 ・・・
福井 賀集家の歴史 賀集本家の二代目庄左衛門の弟作左衛門は本家から独立して、野田村庄屋となったのは万治元年(1658)であるといわれている。それから二代を経過した。正徳年間 野田村庄屋新兵衛は家督を長子源兵衛に譲り、次男をつれて福井に移り、当時原村が村域を拡大して改称した福井村の庄屋を勤めた。これが、賀集福井家の始まりであろう。 ・・・
洲本市立淡路文化史料館 編『淡路文化史料館収蔵史料目録』第16集,洲本市立淡路文化史料館,1999.12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13325123 (参照 2025-11-15)
淡路島情報館 淡路島出身有名人 賀集新九郎、賀集a平 https://awaji.kobe-ssc.com/yuumeijin.php
中原延平伝 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12192379/1/31?keyword=賀集新九郎
追記) エリスリナ&ガルさん ここにも広島がでてきましたね! わが家は賀集ですが、賀集家の小作農だったのかなーーー 
追記) 洲本市立淡路文化史料館からは、「a平焼 : a平焼とその系譜 賀集a平から忘吾園窯まで」と言う本も出版されていました。
次のように書かれています。
賀集a平は、寛政8年(1796)1月15日、伊賀野村(南淡町)庄屋三郎兵衛の長男として出生。 ・・・
詳しく書かれていますが、近日中にまとめたいと思います。
洲本市立淡路文化史料館 編『a平焼 : a平焼とその系譜 賀集a平から忘吾園窯まで』,洲本市立淡路文化史料館,1989.7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13231010 (参照 2025-11-15)
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