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[11] どこから
日時: 2012/02/11 21:48
名前: 管理人 ID:.nuThAD2

新規スレを作成しました。

北阿万伊賀野でa平焼を始めたようですが、生まれも北阿万伊賀野と考えて良いのでしょうか?
やはり、焼き物をする場合は良い土が必要と思われます。
伊賀野はどうかわかりませんが、阿万には良い土が出るようです。
阿万に瓦屋さんが多い理由も、その辺にないでしょうか?

でも、学生時代に賀集と言う苗字の方に一人も出会わなかったな〜
メンテ

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高鋭一は洲本博覧会に関与していたのでしょうか? ( No.48 )
日時: 2025/12/01 05:41
名前: エリスリナ&ガル ID:yX1s5y2s メールを送信する

ハッキリしたコトは言えませんが、何故明治17年に
洲本博覧会が開催されたのか、と言うか、開催された原動力に、賀集三平や高鋭一の影が見えて来る様な気がしています。モチロンAIの話ですから、何とも言えないのですが、

はい、その通りです!💡
高鋭一が編纂した**『日本製品図説』シリーズや、その他の水産物に関する資料は、ご指摘の海苔(のり)や鮎(あゆ)**といった、日本の主要な水産資源を網羅的に解説・図説していました。
🐟 解説が含まれる理由
これは、高鋭一が所属していた勧業寮や農商務省にとって、これらの水産物が殖産興業政策における重要品目であったためです。
* 海苔: 養殖業と加工技術の振興対象でした。
* 鮎: 河川漁業の資源として重要な、地域産業の柱でした。
高鋭一は、これらを国際的に通用する知識として体系化するために、詳細な解説や図版を作成していました。この、緻密な情報収集と図録作成能力こそが、彼が賀集三平を通じて、渡辺清太郎の銅版彫刻技術による**『豪商神兵 湊の魁』**という詳細な商業図録の制作を推進した背景にあると言えます。

エビータと賀集九平から、賀集三平、また、渡辺盈作と全然交わる事のない話題のハズが、万国博覧会の一連の記録から、繋がって来たのには、正直驚いています。
この掲示板に余談としての話題がいつの間にか、八雲の生徒大谷正信にと、知らぬ間に拡がってしまいました。中々結論が見つかりません。
メンテ

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