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[84] 賀集九平と宮地勝夫(亜国日報編集者)
日時: 2024/06/27 21:40
名前: エリスリナ・ガル ID:EMmTWTRg メールを送信する

淡路島出身の宮地勝夫(亜国日報編集員)アルゼンチンからの古い記事を見つけました。昭和26年4月8日と4月13日、10月2日(3日・夕)のアルゼンチン公園と種子400種を広島市に手渡した。とありました❗北海道生まれのアルゼンチン移住者で園芸技術者である賀集九平は何か、繋が有るような気がします。何故か、と言いますと、広島市の記録には平和大通りに植えられたアメリカデイゴとアメリカサイカチはペロン大統領夫人、エヴァ・ペロン(エビータ)から贈られたとされていますから❗アルゼンチン国花とされているセルボ(エリスリナ)の種を大統領官邸の木から宮地勝夫を通じて中国新聞社に託した様です。その、アメリカサイカチの大木が日曜日に倒れたと、報道されておりましたから。
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賀集九平とエビータは繋がりがあると書いたのですが、厳密に言えばどうかわからないようです。 ( No.64 )
日時: 2024/09/20 06:57
名前: 管理人 ID:hJiRM6O6

賀集九平とエビータは繋がりがあると書いたのですが、厳密に言えばどうかわからないようですね。

エバ・ペロンは1952年に亡くなられています。

賀集九平がアルゼンチンに渡ったのが1929年です。

1952 ー 1929 = 23

長男のアンヘル清が1929年に生まれたとしても23歳です。
23歳前後でアンヘル清がフアン・ペロンの元で国会議員になったとは考えずらいです。

フアン・ペロンは大統領に2度なっています。
フアン・ペロン大統領
・1946年6月4日 – 1955年9月21日
・1973年10月12日 – 1974年7月1日

アンヘル清がフアン・ペロンの元で国会議員になったのは、1973年10月12日から 1974年7月1日の間の2期目の時と思われます。

「淡路島ゆかりの有名人」のページは少し訂正しようと思います。
また、賀集九平の日本での実績が上手くまとめられませんでした。
エリスリナ・ガルさんが書かれていることも参考にしながら、変更をしたと思います。


追記 2024.9.26)
失礼しました。
賀集九平氏がアルゼンチンに渡ったのは1918年です。
1952 - 1918 = 34

1929年は、賀集九平氏がエスコバールに進出した年でした。

このコメントの前提が間違っていました。
削除したいところですが、話の流れ上、残しておきたいと思います。
メンテ

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