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> 記事閲覧
[90] 南あわじ市名誉市民 (1)
日時: 2024/08/10 17:47
名前:
管理人
ID:F/gaWOWQ
南あわじ市のホームページに「南あわじ市名誉市民一覧」と言うページがあります。
また、「南あわじ市名誉市民候補者選考基準」と言うページもあり、よく見てみると、その選考基準はなかなか厳しい物があります。
されど、名誉市民の方々の名前すらほとんど知らない方も多いのではないでしょうか?
郷土の英雄ともいえる方々の事を知らないのはもったいないように思います。
「淡路島情報館」管理人自身、名前を聞いたことがあったのは、
鶴澤友路、
直原玉青、
森勝、
大内兵衛、
井植歳男、
田中萬米
ぐらいでした。
南あわじ市名誉市民一覧に載っているうち、たった6人です。
(森勝は旧南淡町の町長をされた方なので知ってはいました。)
さすがに、井植歳男は良く聞き知ってはいます。
井植歳男は淡路市出身で三洋電機の創業者です。
南あわじ市名誉市民の選考基準には、市出身者とはかぎらないようです。
また、南あわじ市名誉市民は、旧南淡町の名誉町民、旧西淡町の名誉町民を引き継いでいるようです。
その為、旧緑町、旧三原町の情報が抜けているのが残念です。
Google検索だと、南あわじ市名誉市民の方々の情報が見つからないことが多いです。
しかし、国会図書館デジタルだと、けっこう簡単に見つかるようです。
そこで、南あわじ市名誉市民の31人の方々を、一人ひとり調べていきたいと思います。
南あわじ市名誉市民一覧
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/site/meiyoshimin/meiyoshiminichiran.html
南あわじ市名誉市民候補者選考基準
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/site/meiyoshimin/senkoukijyun.html
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/
追記)
洲本市には「洲本名誉市民」と言うのがあります。
12人の方が載っています。
出身有名人が多い洲本市ですが、これまた選定基準が厳しかったり、制度自体ができたのが遅かったりしたために該当者が少なくなったのでしょう。
淡路市には、「名誉市民」に該当する制度はないようです。
個人的には、該当者としてたくさんの名前が浮かびます。
南あわじ名誉市民であり、洲本名誉市民でもある井植歳男は淡路市出身じゃないですか!
淡路市には、「名誉市民」と言う制度はありませんが、町史のようなものがあり、人物が紹介されているようです。
南あわじ市名誉市民を調べ終わったら、洲本市、淡路市についても調べてみたいと思います。
洲本名誉市民
https://www.city.sumoto.lg.jp/soshiki/54/1196.html
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宮本芳太郎氏
( No.1 )
日時: 2024/08/12 03:02
名前:
管理人
ID:zL1vpvV2
南あわじ市名誉市民一覧には31人の方が載っています。
昭37年3月20日付で、初めて17人の方が南淡町の名誉町民になっています。
そして、一番目に載っているのが宮本芳太郎(みやもとよしたろう)氏です。
実績として、「麦作・玉葱の改良に尽くし、今日の淡路玉葱を築き、産業開発に貢献」とあります。
国会図書館デジタルをキーワード「宮本芳太郎」で検索してみました。
なんと409件も検索されました。
ただ、見た感じ同姓同名も多そうです。
再度、キーワード「宮本芳太郎」+「淡路島」で検索してみました。
今度は86件が検索されました。
その中で、4件目に表示されたのが「阿万町郷土誌」です。
宮本芳太郎氏は阿万出身の方の様です。
しかし、「阿万町郷土誌」の中身は手書きの上、なかなかの癖のある字です。
(阿万町郷土誌はログインなしで見ることが出来ます)
出版年が昭和13年です。
昔の人は達筆が多いと思っていましたが、そうでもないようです。
すいません。
やっぱ、手っ取りばやく、「宮本芳太郎」+「三原郡史」で検索することにしました。
三原郡史の334ページからの「第3節 玉葱栽培の発展」で宮本芳太郎氏がでてきます。
阿万村の農業技術員の方のようです。
ちょっと長いので、明日まとめたいと思います。
玉葱栽培の発展
( No.2 )
日時: 2024/08/13 05:26
名前:
管理人
ID:typ9A9Y6
三原郡史の「第三節 玉葱栽培の発展」で淡路島での玉葱の栽培の歴史が書かれています。
時系列に、人物を中心に簡単にまとめました。
・明治21年、淡路の玉葱栽培の歴史は、賀集村で始まったと伝えられている。
・明治35年から後、賀集村や阿万村で泉州玉葱の種子を移入し栽培する者があった。
・大正6年、広田村出身大阪府泉南郡樽井村の清水富平が種子を広田村の村井亀次、久米川幾八、榎列村の里村文八らに分かち、或いは苗を販売し、彼らが集団的に栽培したと伝えている。
・大正9年、賀集村で村農会が指導した玉葱集団栽培が始まる。賀集村を指導したのが田中万米(賢助)。
・大正10年、郡農会技手の有賀歓太、飯田儀太郎は水田の裏作に玉葱作を奨励。
・大正11年、阿万村で村農会が指導した玉葱集団栽培が始まる。阿万村の農業指導員は宮本芳太郎。
・大正11年、榎列村でも集団栽培が始まる。
・大正11年9月23日、郡農会派遣講師の浅野藤太郎、清水富平を迎えて栽培方と播種の実地指導会を開き、村農会の奨励で3町6反の集団栽培が創始される。阿万村は後にこの日を玉葱記念日とし玉葱感謝祭を開くようになる。
阿万村の農会技術指導員の宮本芳太郎は、以後数十年にわたり玉葱栽培の技術と出荷販売を熱心に指導する。
・昭和20年、宮本芳太郎が好著「阿万町淡路玉葱発達史」を遺した。同誌がのべているごとく、淡路玉葱栽培は先進地泉州にまなんだものであった。
国立国会図書館デジタルコレクション 三原郡史
https://dl.ndl.go.jp/pid/9574263
田中万米氏「回想六十年」から
( No.3 )
日時: 2024/08/14 15:44
名前:
管理人
ID:eLrxrsJk
大正9年、賀集村で村農会が指導した玉葱集団栽培が始まり、賀集村を指導したのが田中万米(賢助)とあります。
田中万米氏は、「回想六十年」(昭和39年 田中万米翁銅像建立記念誌)で次のように述懐しいるそうです。
大正九年母校県立農学校の仲谷校長から「淡路のように阪神消費地に近いところが、米麦作だけしているのは愚の骨頂だ。何か野菜を作ることを考えたらどうだ。大阪の泉南郡は玉葱なども沢山作っているが、一度是非視察してはどうか」と勧められた。
彼は、早速、泉州の玉葱栽培を視察した。調査の結果、玉葱の値段は年々高低があるが、10年平均1反歩に麦五石に相当する収入があり、貯蔵も輸出も可能で有望と判断した。賀集村篤農家の団体100名にも泉南郡を視察させ、その年から1戸あたり2畝歩を試作させた。その年反当約800貫を収穫し、1貫目30銭に売れた。
当時、麦1石15円であったから麦に換算すると、1反歩に麦16石も取った計算となり、翌年、1戸1反歩に増やし約5町歩を作付した。これが賀集村集団栽培の始まりであった。
以上です。
思うのは、皆さん偉い。
泉南郡の皆さん、ありがとう。
県立農学校の仲谷校長、ありがとう。
田中万米翁、ありがとう。
先人の方々の苦労の上で、今の豊かな淡路島、そして、日本があるのがわかります。
あと、思うのは、日本人は農耕民族なんだなーーー。
北海道生まれで、淡路島ゆかりの賀集九平氏のアルゼンチンでの花卉栽培などの活躍。
或いは、福岡県出身の中村哲医師のアフガニスタンでの活躍。
また、京大の大山修一教授のニジェールでの緑化。
そう言えば、中国の砂漠を緑化を進めた遠山正瑛教授もいました。
淡路島牛乳 賀集万米
https://awajishima-milk.jp/awaji-island-dairy-greats-tanaka-manbei/
ディスカバー・ニッケイ 賀集九平
https://discovernikkei.org/ja/journal/2020/11/25/escobar/
西日本新聞 中村哲
https://specials.nishinippon.co.jp/tetsu_nakamura/kids/
YouTube動画 大山修一
https://www.youtube.com/watch?v=WJLQgUov5Lk
wikipedia 遠山正瑛
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E5%B1%B1%E6%AD%A3%E7%91%9B
追記)
田中万米氏に貴重な助言をした県立農学校の仲谷校長について、なにかわからないか調べてみました。
国会図書館も検索したのですが、特になにも出てきませんでした。
残念!
南あわじ市の昔の事を調べるなら、「三原郡史」
( No.4 )
日時: 2024/08/15 10:26
名前:
管理人
ID:DlT9QhM.
南あわじ市の昔の事を調べるなら、「三原郡史」のようです。
「南あわじ市名誉市民一覧」に選定されている方々を調べるには、「三原郡史」を見るのが一番みたいです。
タイトル:三原郡史
著者:三原郡史編纂委員会 編
出版者:三原郡町村会事務所
出版年月日:1979.3
現在は、市販されてはいないようですが、古本は見つかります。
淡路島オタクには必需品かもしれませんね!
古本
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=534174755
もちろん、国会図書館に本登録をすれば、デジタル版を自宅で全て見る事はできます。
ただ、使い勝手がちょっと不便?
三原郡史 - 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/9574263
また、現在は「続三原郡史」が出版されているそうです。
平成21年3月に「続三原郡史」が発刊されたとあります。
人名掲載が3,000人を超えているんだとか?
気になるじゃないですか?
続三原郡史
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/soshiki/cna/zokumiharagunshi2.html
そうそう、三原郡史は図書館でも見る事ができます。
南あわじ市立図書館で蔵書検索をすると5冊もあるようです。
ただ、全て館内利用の資料のようです。
・南あわじ市立図書館 2冊
・南あわじ市立図書館三原分館(旧:中央公民館図書室) 1冊
・南あわじ市湊地区公民館図書室 1冊
・南あわじ市広田地区公民館図書室 1冊
ただ・・・
淡路市立図書館で蔵書検索すると2冊あり、1冊が貸し出し可能みたいです。
洲本市立図書館でも蔵書検索すると、洲本図書館に4冊、五色図書館に2冊もありました。6冊中、4冊も貸し出し可能なようです。
南あわじ市立図書館
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/site/toshokan/
淡路市立図書館
https://www.awajilibrary.jp/
洲本市立図書館
https://www.lics-saas.nexs-service.jp/sumoto/index.html
正井保之氏
( No.5 )
日時: 2024/08/17 04:59
名前:
管理人
ID:ihA595ig
南あわじ市名誉市民一覧の二人目に載っているのは、正井保之氏です。
昭和37年3月20日に南淡町の名誉町民になっています。
実績欄には「大日川ダム建設など町産業発展に貢献」とあります。
早速に国会図書館デジタルでキーワード「正井保之」で検索しました。
さすがに344件が検索され、上位表示されるのは同姓同名の方々のようです。
次はキーワード「正井保之」+「淡路島」で検索しました。
ここで、2番目に検索されてきたのが「三原郡史」です。
でも、内容を見てみると「正井保之」と関係ないようなところばかりです。
国会図書館デジタルの検索は、やはり難しい。
次にキーワード「正井保之」+「大日川ダム」で検索しました。
そうすると、「西淡町と南淡町はつぎの各氏を名誉町民に推薦した。」の記事の部分が検索されてきました。「正井保之(津名郡東浦町)」とあります。出身は津名郡東浦町の方のようです。
そのあと、いろいろなキーワードで検索したのですが、これ以上はわかりませんでした。
Googleでも、キーワード「正井保之」+「淡路島」で検索しましたが、該当するのは南あわじ市のHPの「南あわじ市名誉市民一覧」が検索されたのみでした。
思うのは国会図書館さんも、Googleさんも検索には、まだまだ改善の余地がありそうです。
国会図書館デジタルの登録された書籍数は膨大ですが、その中から検索するのは容易ではありません。
国会図書館デジタルは、写真データとして保存されているだけです。検索時は、写真データに書かれている文字の部分は検索されないはずです。
だから、写真データとして保存するだけでなく、写真に書かれている文字を読み取り文字データとしても保存する必要があります。ちょっと無理なように思われますが、Googleの検索は、たしか画像に書かれた文字を読み取るようになっていたように思います。
知らんけど!
正井保之氏の調査は以上です。
わかったのは、出身地のみでした。
津名郡の資料も調べると、なにかでそうではありますがーーー
あと、
大日川ダムについては、少し前に記事にしていました。
北阿万小学校の校庭にある「米田悦郎翁頌徳碑」についてです。
碑文を読むと、米田悦郎翁は「南淡町の実現」「大日川ダムを実現」など地域の発展に功績のあった方のようでした。
米田悦郎氏と正井保之氏、お二人とも大日川ダムに関係することで、頌徳碑が出来たり南淡町名誉町民になっているようです。
淡路島情報館 北阿万小学校校庭の米田悦郎翁頌徳碑
https://awaji.kobe-ssc.com/kanrinin/?p=1349
追記)
大日川ダムは「淡路島情報館」管理人の思い出の場所でもあります。
ダムに行く途中、道沿いにカブトムシの木がたくさんありました。
原付でカブトムシを取りに行っていました。
あと、思いだしたのが「美女池」です。
頭の隅に「美女池」と言う言葉が残っていたのですが、どこにあったか忘れていました。
ネットをみているうち、「美女池」は大日川ダムの奥にあるのがわかりました。
美女池
https://blog.goo.ne.jp/bestintimacy/e/f5aa49a95bf0b6a524655935b4f0dedd
あと、阿万かどこかに「ショジョ池」ってあったように思いますが、どこにあったか思い出せません。
Googleで検索してもでてきません。
気になって、良く眠れません!
追記)
またまた気になる事がありました。
正井保之氏が、
「大日川ダム建設など町産業発展に貢献」で南淡町の名誉町民になったのが1962年です。
が・・・
大日川ダムが竣工したのが1966年でした。
???
竣工前に名誉町民?
大日川ダム
http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=1485
やっぱり、気になって良く眠れません。
追記)
ダム竣工前に名誉町民は、おかしくないかも!
ダムは、当時は悲願だったと言う事だと思います。
ダム建設で名誉町民になった方、大きな頌徳碑ができた方がいると言う事は、ダムがあってあたり前の今とではダムに対する思いの大きさが格段に違うのでしょう。
追記)
当時の事は余り知らず、憶測でいろいろ書く事は注意したいと思います。
淡路島は水不足になる事が多く、ため池がたくさんあります。
生活用水としても、農業用水としても、ダム建設は多大な利益を地域にもたらしたと思います。
本田福次郎氏
( No.6 )
日時: 2024/08/20 02:59
名前:
管理人
ID:hJiRM6O6
南あわじ市名誉市民一覧の3人目に載っているのが本田福次郎氏です。
昭和37年3月20日に南淡町より名誉町民になっています。
実績欄には、「田中(たなか)枇杷(びわ)・温州みかんの産地育成に尽くし、産業開発に貢献」とあります。
Googleでキーワード「本田福次郎」で検索しても、それらしい資料はでてきません。
やはり、てっとりばやく「三原郡史」を見てみるのがはやそうです。
三原郡史の323ページに、「大正3年灘村の増田豊吉と本田福次郎らが田中ビワの栽培を始めた」とだけあります。
また、三原郡史の724ページに、名誉町民「本田福次郎(灘)」として紹介されています。
本田福次郎は灘出身の方のようです。
三原郡史からは、これだけしかわかりませんでした。
国会図書館でキーワード「本田福次郎」+「淡路島」で検索すると、「地理学報」と言うのが検索されます。
地理学報の32ページ目から36ページ目には、「灘の花卉栽培」が詳しく紹介されています。
灘地区の急斜面、交通の不便さが書かれています。
スイセンの正月用販売を始めるようになった。
そして、大正4年ごろより本田福次郎氏(城方)によりミカン、ビワが導入されたとあります。
灘地区では、米作、果樹、花卉の3本立ての農家が多かったようですが、しだいに果樹が主となっていったようです。
南あわじ市 南あわじ市名誉市民一覧
https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/site/meiyoshimin/meiyoshiminichiran.html
国立国会図書館デジタルコレクション 三原郡史
https://dl.ndl.go.jp/pid/9574263
国立国会図書館デジタルコレクション 地理学報
https://dl.ndl.go.jp/pid/7893729
田中ビワ
https://nae-ya.com/item/2107/
goo辞書 花卉(かき)
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E8%8A%B1%E5%8D%89/
藤平保氏
( No.7 )
日時: 2024/08/29 04:29
名前:
管理人
ID:HDcit8sw
南あわじ市名誉市民一覧の4人目に載っているのが藤平保氏です。
昭37年3月20日に南淡町より名誉町民になっています。
実績欄には、「町政発展に尽力」とあります。
まず、キーワード「藤平保」 + 「淡路島」で国立国会図書館デジタルコレクションを検索してみました。
30件が検索され、3番目に「うず潮と共に」と言う書籍が検索されました。
「森勝 著」とあります。
中身をパラっと読むと、第2代の南淡町町長であった森勝氏の自叙伝のような感じです。
森勝氏も昭59年6月80日に南淡町の名誉町民になっています。
「うず潮と共に」のP23の「落選して役場入り」中で、初めての南淡町町長選のいきさつが書かれています。
立候補者は雄弁家ばかりで、4人の候補者の中から藤平保氏が当選し、森勝氏は最下位で落選したそうです。
藤平保氏は、南淡町合併の前の阿万町の町長の方だったようです。
藤平保氏は昭和30年5月20日から昭和34月5月19日まで南淡町町長をつとめています。
森勝氏は、南淡町の役場入り後、次の南淡町町長選で当選したそうです。
森勝氏は、本の中で「藤平保初代町長は人格円満、高潔であった」等と書かれています。
藤平保氏については詳しくはわかりませんでした。
国立国会図書館デジタルコレクションで4番目に「阿万町郷土誌」と言う書籍が検索されます。
詳しく書かれているようなのですが、なにぶんにも手書きで漢字も多く読むのはたいへんです。
以上です。
国立国会図書館デジタルコレクション うず潮と共に
https://dl.ndl.go.jp/pid/9572517
国立国会図書館デジタルコレクション 阿万町郷土誌
https://dl.ndl.go.jp/pid/1102668
wikipedia 南淡町
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B7%A1%E7%94%BA
林梅一氏
( No.8 )
日時: 2024/09/07 02:42
名前:
管理人
ID:u6wgrd8o
南あわじ市名誉市民一覧の5人目に載っているのが林梅一氏です。
この方も昭37年3月20日に南淡町より名誉町民になられています。
実績欄には、「教育の発展に尽力」とあります。
国立国会図書館デジタルを検索しました。
「三原郡史」を見ると福良出身の方のようで、小学校の校長などを務めていたようです。
また、「大阪酵素工業と鈴木彦次郎」と言う本が出版されています。
鈴木彦次郎氏は大阪酵素工業の社長を務めた方で、この本の中では事業での功績を多々書かれています。
そして、なんと鈴木彦次郎は淡路島出身の方のようです。
鈴木彦次郎、聞いたことが有るような無いような・・・
でも、大物の淡路島出身者じゃないですか?
この本の中で、国会議員の原健三郎も鈴木彦次郎についてコメントを寄せています。鈴木彦次郎について巨星と述べています。
そして、三洋電機創業者の井植歳男氏は心の友と述べています。
「大阪酵素工業と鈴木彦次郎」のp204で、鈴木彦次郎が郷里福良に消防者を寄付したり、淡路教育会長の林梅一が初めて校長に就任したときピアノを寄付したとあります。
林梅一は、校長などを歴任後に淡路教育会長になられたようです。
以上です。
追記)
これまた、調査不足といわれそうです。
鈴木彦次郎氏について興味がわきました。
それに、淡路島情報館の有名人のページに、こんな大物を載せていない不覚。
次回、鈴木彦次郎について調べてみたいと思います。
国会図書館デジタル 大阪酸素工業と鈴木彦次郎
https://dl.ndl.go.jp/pid/2975155
淡親社
( No.10 )
日時: 2024/09/09 15:24
名前:
管理人
ID:t21JmreU
国会図書館デジタルで「大阪酸素工業と鈴木彦次郎」を見ていると、三洋電機社長の井植歳男氏が福良出身の鈴木彦次郎氏のことを「心の友」と述べています。
また、当時、淡路島出身の懇親会である「淡親社」と言うのがあったという。
立志伝中人が多く多士済々であると言う。
その中で、田中晋輔阪大名誉教授と太田威彦日本毛織前社長の二人の名前を挙げています。
この二人、まったく初めて聞く名です。
淡路島情報館の「淡路島出身有名人」のページにも載せていません。
なんやかんやと、次々と出てきますねーーー
田中晋輔阪大名誉教授と太田威彦日本毛織前社長も調査したいと思います。
「淡親社」も調べてみたいと思います。
田中晋輔
https://www.kansai-u.ac.jp/nenshi/people/detail.php?cd=61&TB_iframe=true&width=550&height=310
太田威彦
https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA91013508
淡路島情報館 淡路島出身有名人
https://awaji.kobe-ssc.com/wiki4.php
国会図書館デジタル 大阪酸素工業と鈴木彦次郎
https://dl.ndl.go.jp/pid/2975155
追記)
「淡親社」には、田中晋輔氏と太田威彦氏の他にどんな方がいるんだろう?
やっぱり、気になって良く眠れません!
昔の福良の写真が福良学教室さんのHPで見れる。(゜゜)
( No.11 )
日時: 2024/09/10 01:50
名前:
管理人
ID:F/gaWOWQ
福良学教室さんが、昔の福良の写真を載せてられます。
良いですね。
福良学教室 昭和
http://setonoshiomizu.web.fc2.com/fukuragaku/plan/p-24.htm#p-1
福良学教室 ダントー
http://setonoshiomizu.web.fc2.com/fukuragaku/activity/25/danto.htm
昭和天皇が写っているのはビックリ。
また、ダントーの説明で、日本で2番目の株式会社とあるのもビックリしました。
もっともっと、昔の淡路島を見たいですね。
そして、昔の淡路島を感じたい。
鈴木彦次郎氏
( No.12 )
日時: 2024/09/13 05:55
名前:
管理人
ID:typ9A9Y6
南あわじ市名誉市民一覧に載っている林梅一氏について調べていました。
国立国会図書館デジタルで調べていると、「大阪酵素工業と鈴木彦次郎」と言う本が出版され、ここに林梅一氏ついて書かれていたのですが、この本のタイトルに出てくる鈴木彦次郎市は福良出身の実業家であることがわかりました。
そして、この本の中で淡路島出身の超有名人のお二人の方がこのように述べています。
国会議員の原健三郎は、鈴木彦次郎を「巨星」と述べています。
また、三洋電機社長の井植歳男は、鈴木彦次郎を「心の友」と述べています。
これって、凄くないですか?
でも、鈴木彦次郎はwikipediaに載っていません。
南あわじ市名誉市民にもなられていません。
なんで?
南あわじ市名誉市民になられていないのは、南あわじ市名誉市民の前身である南淡町名誉町民の制度ができたのが昭和37年ごろですが、鈴木彦次郎はこの制度のできる2年前に亡くなられていたためだと思われます。
でも、wikipediaに掲載されず、余り知られていないの残念です。
鈴木彦次郎ついて。
・明治23年、三原郡福良町に生まれる。
・鈴木合金製作所を創業
・大阪酸素工業会社を創業。
・福良慈眼寺に薬師如来堂を寄進。
・「フェローム法」で発明協会より発明賞を受賞。
・黄綬褒章(オウジュホウショウ)を受賞。
・正六位勲五等雙光旭日章の追賜。
・昭和35年逝去。
大阪酸素工業会社は、2003年にジャパン・エア・ガシズに統合。2007年には工業ガス世界最大手の仏エア・リキードの日本法人の日本エア・リキード株式会社に吸収合併されているようです。
福良学教室
http://setonoshiomizu.web.fc2.com/fukuragaku/activity/a-27.htm
国会図書館デジタル 大阪酸素工業と鈴木彦次郎
https://dl.ndl.go.jp/pid/2975155
日経新聞
https://www.knak.jp/munikai/muki/gas-n.htm
企業情報@Wiki ジャパン・エア・ガシズ
https://w.atwiki.jp/sysd/pages/807.html
wikipedia 日本エア・リキード
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%89
追記)
wikipediaに詳しい方は、ぜひ、鈴木彦次郎を載せていただきたい。
追記)
小説家で同姓同名の鈴木彦次郎氏と言う方がいるようです。
wikipediaにも載っています。
wikipediaを見た限り、福良出身の鈴木彦次郎氏は特筆性では負けていないと思います。
どなたか、wikipediaに詳しい方、よろしくお願いします。
ダムの完成と、竣工(式)の違いは?
( No.13 )
日時: 2024/09/14 20:42
名前:
エリスリナ・ガル
ID:w2Ahf2D2
No、5の正井保之氏でしょうか?大日川の完成と竣工(式)のタイムラグと言う方、技術的な用語、術語の違いでしょうか?
一般に、ダムの本体工事に着手してから、計画の予定高さ、堤体まで完成したら、付属工事を除いて、一応工事は完成と、しかし、その後に試験湛水と言って、漏水とか不具合が、ないか確認する必要がある様です。一時的には計画高水位まで水を貯める為に、一年では湛水出来なくて数年掛かる事もある様です。
試験に合格してから、改めて竣工(式)が、執り行われると、言うことではないでしょうか?もし、漏水とかが、有れば一度放水してから、補修工事とか、追加工事も必要と、なりますから。
参考に、広島の太田川水系に建設された温井ダムの事例を掲げておきます。
https://www.cgr.mlit.go.jp/nukui/gaiyou/index03.htm
ですね!
( No.14 )
日時: 2024/09/14 22:06
名前:
管理人
ID:eLrxrsJk
な、なるほど
工事が終わった段階で、ほぼ完成と言えるので南淡町の名誉町民になった。
しかし、ダムの稼働まで検査、調整が必要。
そして、稼働に目度がたち竣工式が行なわれた。
と、
言う事でしょうか?
この辺、何も分からず
要らぬ事をかいていたら、誹謗中傷になっていたかも?
長手繁雄氏
( No.15 )
日時: 2024/09/15 11:23
名前:
管理人
ID:DlT9QhM.
淡親社について調べていました。
そんな中で、長手繁雄氏と言う方を知ることができました。
洲本出身の実業家のようです。
プリンス海運株式会社、イースタン・カーライナー株式会社等の創業者のようです。
また、東和船舶や多くの企業で社長を務められた方のようです。
長手繁雄氏もwikipediaに載っていませんね!
国会図書館デジタルを見ていると、次から次に興味をわく人物がでてきます。
きりがなくなってきたかも?
国会図書館デジタル Kaiun : 総合物流情報誌 2月(413)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2639691/1/36
イースタン・カーライナー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC
長手ホールディング
https://www.nagate-hdg.co.jp/
追記)
海運業、自動車販売業など多岐にわたって事業を行われていたようです。
お子様もたくさんおられて、動画を見るとイケメンぞろいの息子さんたちが各事業を引き継いでおられるようです。
長手と言う珍しい苗字です。
洲本に長手と名の付くお菓子屋さんがあります。
関係あるんだろうか?
気になって、やっぱりよく眠れません。
とりあえず、次回以降は淡親社のメンバーにどのような方がいたのかまとめたいと思います。
大阪淡友会と言うのもあったようです。
( No.16 )
日時: 2024/09/16 15:26
名前:
管理人
ID:0nSWInnE
大阪淡友会と言うのもあったようです。
どうも、淡路島人は仲間意識がつよいんだろうか?
石原莞爾のブレーンを務めた方に池本喜三夫氏と言う方がいるようです。
池本喜三夫氏は、戦後、大阪淡友会に入っていて本も出しておられるようです。
本の名は農公園列島です。
少し見ただけですが、自伝的な本?
石原莞爾の名も良く聞きますが、少し調べてみたことがありますが、良くは知りません。
しかし、
いろいろと、気なって眠れんことが多すぎ!
国会図書館デジタルは資料が豊富で良いのですが、スマホ中毒と同じようにやめられないという中毒に陥ってきます。
国会図書館デジタル 農公園列島
https://dl.ndl.go.jp/pid/11990636/1/37
池本喜三夫
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/kensei/ikemotokisao
石原莞爾
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E8%8E%9E%E7%88%BE
武田邦太郎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%A4%AA%E9%83%8E
「淡路歴史」と「淡路名鑑」 この2冊の本は見逃せない! (^_^)
( No.17 )
日時: 2024/09/16 20:09
名前:
管理人
ID:0nSWInnE
1977年に、大阪淡友会から「淡路歴史」と言う本を出版されているようです。
また、大正13年に、朝日出版から「淡路名鑑」と言う本が出版されています。
この淡路名鑑には、大阪淡友会の会員が載っています。
淡路名鑑は写真も豊富にあるようです。
少し見ただけですが、両方とも見逃せないかも?
国会図書館デジタル 淡路歴史
https://dl.ndl.go.jp/pid/9573865
国会図書館デジタル 淡路名鑑
https://dl.ndl.go.jp/pid/978712/1/122
池田内閣の「所得倍増計画」でブレーンの一人として活躍した池本喜三夫氏は淡路島出身だった! (゜゜)
( No.18 )
日時: 2024/09/17 20:19
名前:
管理人
ID:ihA595ig
池本喜三夫氏について詳しく書かれたブログがありました。
なんで、wikipediaにないのか不思議です。
淡路島ゆかりの方と言うだけでなくてもです。
池本喜三夫氏は、本もたくさん書かれています。
農業の専門家でもあり、日本社会への貢献度も非常に高いと思います。
https://rokubeisan.hatenablog.com/entry/20120701/1341090641
池田内閣の所得倍増計画でも、ブレーンの一人として活躍されています。
wikipedia「所得倍増計画」には、次のように書かれています。
「岸内閣末期の通産大臣時代に民間の農政家だった池本喜三夫に目を付け「農業基本法案」を作成させた」
池本喜三夫氏は、絶対にwikipediaに載るべき人物と思うでしょ?
wikipedia 所得倍増計画
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%80%E5%BE%97%E5%80%8D%E5%A2%97%E8%A8%88%E7%94%BB
wikipedia 所得倍増計画/農業基本法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%80%E5%BE%97%E5%80%8D%E5%A2%97%E8%A8%88%E7%94%BB#%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95
wikipedia ケインズ経済学
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BA%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6
wikipedia ジョン・メイナード・ケインズ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BA
追記)
フランス語版のwikipedia「所得倍増計画」には、次のように書かれています。
「この計画のさまざまな側面は、日本の輸出主導型の急速な経済成長モデルを模倣することを期待して、特にアジア諸国によって研究されてきた。例えば、近年、中国は明らかに 1960 年代の日本の経済政策をモデルとして参考にしている。」
wikipedia Plan Ikeda
https://fr.wikipedia.org/wiki/Plan_Ikeda
追記 2024.10.8)
池本喜三夫氏を「淡路島出身有名人」のページに掲載しました。
wikipediaに載っていないのが不思議な人物だと思います。
日本の経済、農業に大きく関与しているんですから!
wikipediaに詳しい方には、wikipediaにも池本喜三夫氏を載せていただきたいです。
淡路島情報館 淡路島出身有名人
https://awaji.kobe-ssc.com/wiki4.php
淡親社 メンバー
( No.19 )
日時: 2024/10/02 04:34
名前:
管理人
ID:qo6hQDUw
かつて、「淡親社」と言う淡路島出身の懇談会があったという。
1966年出版の「大阪酸素工業と鈴木彦次郎」の中では、立身伝中の人が多くとあります。
立身伝中と聞けば、とても気になります。
とりあえず、わかっているメンバーです。
鈴木彦次郎
大阪酸素工業の創業者
井植歳男
三洋電機の創業者
田中晋輔
大阪大学名誉教授
https://www.kansai-u.ac.jp/nenshi/people/detail.php?cd=61&TB_iframe=true&width=550&height=310
太田威彦
日本毛織社長
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_basic.php?sid=2340
森田喜代八
森田汽船
https://www.oc.eneos.co.jp/company/history.html
川淵長一
国見山鉱山社長
長手繁雄
イースタン・カーライナー株式会社の創業者
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC
欅田藤郎
大阪陶業協会長
https://www.domyojitenmangu.com/stone05.html
木本勇次
木本シャーリング
追記 2024.10.8)
もう少し調べ、エビデンスをちゃんと得た上で、「淡路島出身有名人」のページに載せればと思います。
「淡親社」のメンバーで、現在、wikipediaに載っているのは井植歳男氏だけだと思います。
wikipediaに載せる人物は特筆性が問われます。
個人的には、井植歳男氏以外の方も、wikipediaに載っていても不思議ではないと考えます。
wikipediaに詳しい方には、井植歳男氏以外の方もwikipediaに載せていただければと思います。
中山梅
( No.20 )
日時: 2024/10/09 00:37
名前:
管理人
ID:2BHhPNV6
南あわじ市名誉市民一覧の6人目に載っているのが中山梅氏です。
この方も昭37年3月20日に南淡町より名誉町民になられています。
実績欄には、「教育文化の発展に貢献」とあります。
国会図書館デジタルを検索しました。
いろんなキーワードで検索しました。
しかし、三原郡史の名誉町民のところ一か所しか見つかりませんでした。
うーん、
なんででしょうか?
三原郡史の名誉町民についてのところを転記します。
名誉町民 西淡町と南淡町はつぎの各氏を名誉町民に推戴した。()は出身地・
西淡町
昭和四二年 井植歳男(津名郡東浦町)、大内兵衛(松帆)
南淡町
昭和三七年 伊藤春次(沼島)、賀集益蔵(賀集)、川上いつゑ(賀集)、川渕長一(阿万)、木本勇二(阿万)、欅田善輔(北阿万)、黒田勝吉(福良)、古住茂吉(沼島)、武岡一行(北阿万)、田中萬平(賀集)、佃一郎(福良)、中山梅(賀集)、林梅一(福良)、藤平保(阿万)、本田福次郎(灘)、正井保之(津名郡東浦町)、宮本芳太郎(阿万)、賀集九平(賀集)
昭和三八年 奥本栄次郎(灘)
昭和四一年 沖格郎(福良)、印部すゑ子(賀集)
昭和五〇年 彦坂春吉(東京都)
三原郡史編纂委員会 編『三原郡史』,三原郡町村会事務所,1979.3. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/9574263
(参照 2024-10-09)
goo辞書 推戴(すいたい)
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%8E%A8%E6%88%B4/
おしいただくこと。会長や代表者など団体の長として上に立てること。
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